2007年7月27日金曜日

将  来  計  画  書
兪子豊 平成19年7月25日
[志望動機]
レジュメ
なぜMBA
→夢の実現
① リーダーシップ
② 考え方の欠け補足
③ 人脈
なぜ東京
なぜ一橋
なぜ日本
なぜ私が…

私は東京にある一橋大学のMBAコースを志望する理由は私の夢の実現に最適だからです。
越王勾践は、臥薪嘗胆20年間して呉王夫差を破って天下を取り、歴史に名を残しました。私は20年後、産業界のリーダー、指を屈する世界に多大に貢献できる人になります。歴史の中で、次世代に夢と動力を与える人物になり、ひとりの人間以上の価値を社会に与えたいです。MBAは私の修行です。


「私しかできないから、これは私の運命だ」という言葉が好きです。
人間の脳の働き掛けは、「抽象化」にあります。「愛」を解釈し、「社会」を解釈し、「私」を解釈します。ナポレオンは天下一番の男と言われていますが、彼は「私」の価値をルソーの「契約社会」の「契約製作者」と位置づけ、社会の平等、自由、博愛の思想と制度を自分の野心の実現する道で図っていました。ヨーロッパ合衆国ができなかったが、フランスに栄養をもたらし、戦士として尊敬され、死後1840年冬、90万パリ市民に迎えられ、もっともイギリスのヴィクトリア女王も彼を尊敬し、王子を彼のお墓の前でひざまずかせたわけです。的に尊敬されるほど高い栄誉はないと思います。


私は日本へ留学に来て、日本の豊かさを見てきました。なぜアメリカと日本だけで世界GDP合計5分の1以上を占めているでしょう。今社会のあこがれになっている日本とアメリカの起業家たちの話を聞き、私は負けたくないと思いました。産業界のナポレオンになりたいです。
私の歴史観はこうです。MBAは私の将来への欠かせない過程です。今まで理系を勉強してきた私は、世界を組成するものもわかり、哲学的、理性的に物事を考えるようになりました。しかし個人修養、社会的包容力を身につけ、そして世界の人々の営み、社会の仕組み、人々の根底にある考え方をきちんと理解する必要があります。なぜ人々への思いやりなどが世の中に必要なのかを経済の視点で理解し、社会のために最大限に奉仕し価値を提供したいです。


「一屋を掃かずに、天下を掃くべからず」という中国の諺があります。身の回りのひとが豊かにさせることすらできない人は、世界の人々を豊かにすることはできないと言っています。MBAこそは私にとって一歩一歩しっかりと踏んでいくことです。私の「ブリエナ陸軍士官学校」といえましょう。


「家では親戚に助かり、外にいれば友達に頼る」とのことわざもあります。人間一人では仕事になりません。チャンスを求めているのは人間であり、与えるのもまた人間です。東京は世界の経済、文化、ファッションのセンターと位置付けられます。東京でMBAを取ることは、意欲のある起業家たちと知り合えることです。

「社会科学の理論の深い理解」「理論と現実の間の往復運動プロセスの重視」「歴史と古典の洞察に学ぶこと」という一橋大学のカリキュラムの強さは私が勉強したいことに最適です。洞察力、古代から不変な人々の望むこと、理論の適用などは私にとって魅力的です。そして少人数ゼミ式教育は私が希望する一番の理由です。少人数でこそ質問ができます、少人数でこそ先生の言葉の背後にある思想を理解できると思います。何より、研究者コースではなくて、MBAを取った理由は、私の実戦的な経験志向にあるので、少人数で個人ができる練習も多くなるのが確実です。


日本のMBAを選んだ理由の一つに、アメリカは言葉の忠実表現で管理するが、東方の管理は、無言、試練、相手への配慮から成り立っています。日本の文化は中国に似ていることは、より実用的で、理解しやすいと思います。


人間には「愛」の理解が欠かせないです。自営業している、愛するお父さんに私の成熟した姿を見せたいし、苦労して私を育ててくれた、愛するお母さんを幸せにしたいです。私を企業家に導いてくれた日本をもっとよくしたいです。私は日本で起業します。


[入学後の計画]

今年名古屋で日本の国際化を理念とする留学生支援のNPO団体を発足させて、留学生一同で、将来日本の働く環境、生活環境を考えています。入学後はそのテーマについて続いて考えたいと思います。留学生の組織は日本の国際化につながりますし、日本での将来の組織づくりに貢献できるかと思います。
勉強の面で、世界の視点で最新情報を分析する能力、人を理解し予測し動かす能力を身につけ、産業社会への深い理解と洞察力を図りたいです。


[修了後の計画]

私は21世紀が生物の世紀だと信じています。人の体が改善できるし、情報化と統合すればまた産業革命が起こりえます。生物技術の実用化に力を注ぎたいと思います。

就職して、日本の会社の管理の仕方、実務的に経験を積んで、よりリーダー的になることを目指しています。その上、日本と中国の間の懸け橋となって、共存共栄を図りたいです。

書かないで、心に沈め

先日、美宅先生に大学院と奨学金の推薦を書いていただくときに、山田さんと根岸さんと、研究室の引っ越しのときの考え方について話をしていた。
先生から、私が毎日ブログを書いて、人生をまめに記録していることを見て、実は書いて、忘れようとしていることだと言った。

「書く」ことは、「忘れてもいい」。ということなのだろうか?

一つの出来事を思い出す。
「活動歴」を作ったときのことだった。「活動歴」をもっと早く作ったほうがよかった!
4年生になって、1年、2年の時の活動を記録できないじゃないか?
忘れないうちに書いとけばよかったな~、アピールができるのではないか。

そう。私は忘れるのを怖かったのだ。
忘れると、私がやっていることが誰も知れない。私は知らせたい。私は自己アピールしたい!
しかし、そんな必要がなかったのだ。

先生からいえば、私は「細かい」。
もっと受け皿の目を「大きく」。「忘れる」ことが大事だと。
すなわち、些細なことを忘れて、「抽象化」して、大事な抽象化された「信念」「愛」「夢」などを残すのだ人としての仕事。

これがあれば、人ともみ合ったりもしないし、話し合いが進む。
みんなが同じ方向に望んでいるのに、話し合いが破裂するのは、誰も向こうの話を「抽象化」せずに、ただそのまま聞いていた話を考えていたからである。

やはり、僕は細かい。
神戸に行く途中でみんなといろいろ話そうとして、問題を解決しようとしているように見えるが、実は問題をややこしくしている。相手の話の背後の思いを理解せずに問題が解決できないのであった。

相手の言っている言葉を忘れろ!
というのもう一つの側面は、抽象化された相手への理解は、唯一大切なことだから。


それを、一生忘れないように、心に沈む。
それを、貯めて貯めて、さらに貯める。

私の人生は一つ一つの意味がたまった「言葉」で、素晴らしい光を放つだろう

2007年7月12日木曜日

生物物理に関する勉強

生物物理の勉強で、新しいブログを作ろうかと思ったが、やはり同じブログでやりましょう。
分類機能を利用して、やっていこう。

2007年7月11日水曜日

世間のテクニック

人間は、だんだんと進歩していく。

最初の人間は動物と同じように、まねることと、生きていく願望しか持っていない。
しかし、社会に入ると、社会の中のいろいろな物欲のある人を真似して、似た人間になる。
人間は弱いものだ。人間は弱さの割に、生きてきたもので、耐える能力が素晴らしい。

その中で、人間の進歩は本当に素晴らしいものだ。

ほしいものを見つけ、それを目標にし、達成しようと努力する。
僕はここまで来ているが、どう努力するかが分からなかった。

自分の目的が達成するときの場面を想像し、それが動力になるだけではなく、
世間の人と比較し、負けたくない、管理されたくない、いろいろ不満が動力になる。

その上に、また進むべきものは、テクニックなのだ。

人間はほめられたい。人間は自分の価値を肯定されているときに、至上の喜びを感じる。

中国の面子というものは、実にすばらしい管理と人を動かす方法である。
たとえば、一つの工場の社長さんが製造部部長に、新しい機械も仕入れたし、技術も変えたし、これからの生産量は1人1日6個から8個にあげなければいけない、という。
製造部長は、そのまま従業員に伝えると、必ず反発を招く。そして部下の人たちがいやだと思うし、文句を言うでしょう。人間関係がうまくいかなくて、とうとうやっていけない日が来るかもしれない。

そして、テクニックだ。命令を転化する伝え方である。
ベテラン生産課長のひとを呼ぶ。
「今一日一人いくつ生産しているのだ?よく覚えていないが」
「いま、6個生産しています」
「そうか、あなたから見れば、それを上げることができるのか」
「できるはずです」→これは必ず出てくることが予想される
「いくらできると思うか」
「7個」
「…」眉を顰める
「8個できるでしょう」
「8個、それはできるのか」
「最大8個です」
「ん、8個やれる自信があるか」
「できるはずです」
「本当か、ほかの人に聞いて調査する必要があるか」
「いいえ、保証できます」
「そうだね、社長に8個が最大だと伝えるぞ、それより多く要求されるなら、社長に自分で作れというぞ」
「部長は俺達のためにモノ言いますね」
という流れである。

うまく、社長の部下として務めるし、うまく部下の上司として勤められる。

僕は、まじめ正直で、なんでも思う通りのまま伝えてしまう。
問題の解決に向かっている姿勢だけど、人間関係を解決することができない。
自分が進歩するが、嫌がられることもあるし、もともと僕のためにものを言ってくれたのに、僕が強気で、機嫌を悪くし、ぎくしゃくな人間関係になってしまうこともあった。

これから、テクニックを磨こう。

2007年7月4日水曜日

工藤さんからの返信

ずっと前から、工藤さんが僕のメールを返信しなくなった。
昨日彼女の誕生日に送ったら、返事が来て、うれしかった。
彼女はアルバイトの時に日本語先生養成コースの学生だった。
また返信してくれるかな。友達になれるかな。

学校のパソコン、引っ越し

インターネットが遅すぎる。

今日はすごい。いい鞄を貰った。
研究室は引っ越しで、いろいろいらないものが出てきて、
ある友達が2台のパソコンを組み立てたという。
僕も鞄を貰って、すごく感謝。ずっと前からちゃんとしたカバンがほしかった。

2007年7月3日火曜日

携帯の、メール…

全然わからなかった。ずっとメールの返信をSoftbank.ne.jpまでだと設定していた。
馬鹿だった。

25件のメールを見逃して、あああああ~~~

どうしようもない。

中島社長のメールなどがあって、大変うれしかった。


反応の遅いソフト「SOFTBANKメール」、だめだね。やはり。