2007年9月22日土曜日

自分の所有

マーケティングの学習ビデオで、見たことがある。

「カスタマーがあれば、ビジネスが成功するのではなくて、大事なのは、何人があなたのカスタマーなのかだ。」、そして「世の中に情報はあふれているが、どれがあなたの情報なのかが大事だ。」、また「マーケティングには直線はない;素晴らしいアイディアはいっぱいある;しかしどれがあなたのアイディアなのか」という論調には耳が慣れる。

この物、カネ、情報があふれる世界で、どれが真にあなたのものかは大切だ。

友達と言い、家族と言い、本当のあなたの友達は何人いるのだろうか?
あなたが友達として扱っている者は、この世に何人いるのだろうか?

世界は大きい。不幸と言い、幸せと言い、我々はこの世に生きていかなければいけない。
「選択」はコントロールされると言っても、わたしたちはそれで幸せになって、「生きること」を芸術に変えられるのだから、それくらいの「自由」をなくしてもいいではなかろうか?

リスクを取ることは大事であることは変わらない。
この裏には「チャレンジ精神」が潜んであり、その裏には「積極に生きる」ことが潜んでいるからだ。

しかし、人生は「リスク」より構成されているのではない。
人生は「安定」と「信頼」により築かれるもので、「頑固」だからこそ「神」になるのだ。

パラダイムというのは、いいものだ。
我々は、色が見えるのは、パラダイムのおかげだ。
単調な生活は豊かに見えるのはそれで、友達からエネルギーを貰うのがそれで、愛し愛されることが感じられることも、この「パラダイム」のおかげだ。


私はこの世に生れて、よかったと思う。
本当にいろいろな素晴らしい人、ものに出会うことができて、アップルのスティーブンの言うように「今日死んでもいい」と本気で思っている。

これからの社会というのは、「積極」であることのリスクを減らすことが大事だと思う。
「平等」と文字だけ言うのではなく、「積極」的に生きることが求められることで、「富」を築くこと、「名誉」を貰うことなどではなく、哀れな争いをやめて、この世の中の奇跡たちを共有しよう。

何もかも埃に帰る時、何もかも最初の状態に戻る時、
その時こそ、「真実」が輝く。
おろかの目にも、虹のように、輝く。

2007年9月4日火曜日

人間を成す

昨今風雲が眼前を去り、幾久しくジャーナルに筆を浸す。
こんな9月の涼しい夜は、わが心を綿で包んでくれた如く優しい。

何の悩みを抱き、何の拍車を急かし、今までの人生を歩んできただろう。
なんて哀れな生き方。なんてくだらない精神状態。

「何が一番いいパラダイムだ?」
「道徳は出発点になるのか?」
「情能指数を上げるには何をすればいいのか?」
「ストレス解消にどんな考え方を持っていたらいいのか?」

こう言う問題を考えてきた。
失うこと、得ることを考えないでいる人もいる;
個人の形象を一番大事にしている人もいる;
能力やセンスを一番大事にする人もいる;
個人の自己実現を成果を一番関心する人もいる。

何を一番にするのが正しいのか?
もちろん、「正しい」なんてないけど、
私にとって「正しい」ものを探している。


「生きること」の定義にあるでしょうか。
そうだね。 もともと定義なんてないものに、
定義をしていることは、「パラダイム」なんだろう。

私の「生きる」ことに、
現代、自由、包容、品格、特色、高雅、天才などが含まれている。
さらに、幸福、愛情、連鎖、連想、仲間、感傷、進歩、激動、激情、衝動、欲望などがある。

まとまりそうもないが、
「生きる」のは「自分のため」と思っていた。

「自分」は「他人」の混合体である。

はたして、「自分のため」はうまくいくのだろうか?

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管理学の角度から見れば、「生きる」ことの意味は、
「生きる」こと自体と同時に生まれ、同時に消滅しなければいけない。
「生きる」ことを司る権力もあれば、責任は同時に要求する。
「生きる」ことに、進歩があれば奨励すべきであり、計画とコントロールのシステムがなければいけない。

何がそうなのか?
道徳なのか。快楽なのか。責任なのか。尊厳なのか。
社会なのか。奉仕なのか。利益なのか。真理なのか。

続き

2007年7月27日金曜日

将  来  計  画  書
兪子豊 平成19年7月25日
[志望動機]
レジュメ
なぜMBA
→夢の実現
① リーダーシップ
② 考え方の欠け補足
③ 人脈
なぜ東京
なぜ一橋
なぜ日本
なぜ私が…

私は東京にある一橋大学のMBAコースを志望する理由は私の夢の実現に最適だからです。
越王勾践は、臥薪嘗胆20年間して呉王夫差を破って天下を取り、歴史に名を残しました。私は20年後、産業界のリーダー、指を屈する世界に多大に貢献できる人になります。歴史の中で、次世代に夢と動力を与える人物になり、ひとりの人間以上の価値を社会に与えたいです。MBAは私の修行です。


「私しかできないから、これは私の運命だ」という言葉が好きです。
人間の脳の働き掛けは、「抽象化」にあります。「愛」を解釈し、「社会」を解釈し、「私」を解釈します。ナポレオンは天下一番の男と言われていますが、彼は「私」の価値をルソーの「契約社会」の「契約製作者」と位置づけ、社会の平等、自由、博愛の思想と制度を自分の野心の実現する道で図っていました。ヨーロッパ合衆国ができなかったが、フランスに栄養をもたらし、戦士として尊敬され、死後1840年冬、90万パリ市民に迎えられ、もっともイギリスのヴィクトリア女王も彼を尊敬し、王子を彼のお墓の前でひざまずかせたわけです。的に尊敬されるほど高い栄誉はないと思います。


私は日本へ留学に来て、日本の豊かさを見てきました。なぜアメリカと日本だけで世界GDP合計5分の1以上を占めているでしょう。今社会のあこがれになっている日本とアメリカの起業家たちの話を聞き、私は負けたくないと思いました。産業界のナポレオンになりたいです。
私の歴史観はこうです。MBAは私の将来への欠かせない過程です。今まで理系を勉強してきた私は、世界を組成するものもわかり、哲学的、理性的に物事を考えるようになりました。しかし個人修養、社会的包容力を身につけ、そして世界の人々の営み、社会の仕組み、人々の根底にある考え方をきちんと理解する必要があります。なぜ人々への思いやりなどが世の中に必要なのかを経済の視点で理解し、社会のために最大限に奉仕し価値を提供したいです。


「一屋を掃かずに、天下を掃くべからず」という中国の諺があります。身の回りのひとが豊かにさせることすらできない人は、世界の人々を豊かにすることはできないと言っています。MBAこそは私にとって一歩一歩しっかりと踏んでいくことです。私の「ブリエナ陸軍士官学校」といえましょう。


「家では親戚に助かり、外にいれば友達に頼る」とのことわざもあります。人間一人では仕事になりません。チャンスを求めているのは人間であり、与えるのもまた人間です。東京は世界の経済、文化、ファッションのセンターと位置付けられます。東京でMBAを取ることは、意欲のある起業家たちと知り合えることです。

「社会科学の理論の深い理解」「理論と現実の間の往復運動プロセスの重視」「歴史と古典の洞察に学ぶこと」という一橋大学のカリキュラムの強さは私が勉強したいことに最適です。洞察力、古代から不変な人々の望むこと、理論の適用などは私にとって魅力的です。そして少人数ゼミ式教育は私が希望する一番の理由です。少人数でこそ質問ができます、少人数でこそ先生の言葉の背後にある思想を理解できると思います。何より、研究者コースではなくて、MBAを取った理由は、私の実戦的な経験志向にあるので、少人数で個人ができる練習も多くなるのが確実です。


日本のMBAを選んだ理由の一つに、アメリカは言葉の忠実表現で管理するが、東方の管理は、無言、試練、相手への配慮から成り立っています。日本の文化は中国に似ていることは、より実用的で、理解しやすいと思います。


人間には「愛」の理解が欠かせないです。自営業している、愛するお父さんに私の成熟した姿を見せたいし、苦労して私を育ててくれた、愛するお母さんを幸せにしたいです。私を企業家に導いてくれた日本をもっとよくしたいです。私は日本で起業します。


[入学後の計画]

今年名古屋で日本の国際化を理念とする留学生支援のNPO団体を発足させて、留学生一同で、将来日本の働く環境、生活環境を考えています。入学後はそのテーマについて続いて考えたいと思います。留学生の組織は日本の国際化につながりますし、日本での将来の組織づくりに貢献できるかと思います。
勉強の面で、世界の視点で最新情報を分析する能力、人を理解し予測し動かす能力を身につけ、産業社会への深い理解と洞察力を図りたいです。


[修了後の計画]

私は21世紀が生物の世紀だと信じています。人の体が改善できるし、情報化と統合すればまた産業革命が起こりえます。生物技術の実用化に力を注ぎたいと思います。

就職して、日本の会社の管理の仕方、実務的に経験を積んで、よりリーダー的になることを目指しています。その上、日本と中国の間の懸け橋となって、共存共栄を図りたいです。

書かないで、心に沈め

先日、美宅先生に大学院と奨学金の推薦を書いていただくときに、山田さんと根岸さんと、研究室の引っ越しのときの考え方について話をしていた。
先生から、私が毎日ブログを書いて、人生をまめに記録していることを見て、実は書いて、忘れようとしていることだと言った。

「書く」ことは、「忘れてもいい」。ということなのだろうか?

一つの出来事を思い出す。
「活動歴」を作ったときのことだった。「活動歴」をもっと早く作ったほうがよかった!
4年生になって、1年、2年の時の活動を記録できないじゃないか?
忘れないうちに書いとけばよかったな~、アピールができるのではないか。

そう。私は忘れるのを怖かったのだ。
忘れると、私がやっていることが誰も知れない。私は知らせたい。私は自己アピールしたい!
しかし、そんな必要がなかったのだ。

先生からいえば、私は「細かい」。
もっと受け皿の目を「大きく」。「忘れる」ことが大事だと。
すなわち、些細なことを忘れて、「抽象化」して、大事な抽象化された「信念」「愛」「夢」などを残すのだ人としての仕事。

これがあれば、人ともみ合ったりもしないし、話し合いが進む。
みんなが同じ方向に望んでいるのに、話し合いが破裂するのは、誰も向こうの話を「抽象化」せずに、ただそのまま聞いていた話を考えていたからである。

やはり、僕は細かい。
神戸に行く途中でみんなといろいろ話そうとして、問題を解決しようとしているように見えるが、実は問題をややこしくしている。相手の話の背後の思いを理解せずに問題が解決できないのであった。

相手の言っている言葉を忘れろ!
というのもう一つの側面は、抽象化された相手への理解は、唯一大切なことだから。


それを、一生忘れないように、心に沈む。
それを、貯めて貯めて、さらに貯める。

私の人生は一つ一つの意味がたまった「言葉」で、素晴らしい光を放つだろう

2007年7月12日木曜日

生物物理に関する勉強

生物物理の勉強で、新しいブログを作ろうかと思ったが、やはり同じブログでやりましょう。
分類機能を利用して、やっていこう。

2007年7月11日水曜日

世間のテクニック

人間は、だんだんと進歩していく。

最初の人間は動物と同じように、まねることと、生きていく願望しか持っていない。
しかし、社会に入ると、社会の中のいろいろな物欲のある人を真似して、似た人間になる。
人間は弱いものだ。人間は弱さの割に、生きてきたもので、耐える能力が素晴らしい。

その中で、人間の進歩は本当に素晴らしいものだ。

ほしいものを見つけ、それを目標にし、達成しようと努力する。
僕はここまで来ているが、どう努力するかが分からなかった。

自分の目的が達成するときの場面を想像し、それが動力になるだけではなく、
世間の人と比較し、負けたくない、管理されたくない、いろいろ不満が動力になる。

その上に、また進むべきものは、テクニックなのだ。

人間はほめられたい。人間は自分の価値を肯定されているときに、至上の喜びを感じる。

中国の面子というものは、実にすばらしい管理と人を動かす方法である。
たとえば、一つの工場の社長さんが製造部部長に、新しい機械も仕入れたし、技術も変えたし、これからの生産量は1人1日6個から8個にあげなければいけない、という。
製造部長は、そのまま従業員に伝えると、必ず反発を招く。そして部下の人たちがいやだと思うし、文句を言うでしょう。人間関係がうまくいかなくて、とうとうやっていけない日が来るかもしれない。

そして、テクニックだ。命令を転化する伝え方である。
ベテラン生産課長のひとを呼ぶ。
「今一日一人いくつ生産しているのだ?よく覚えていないが」
「いま、6個生産しています」
「そうか、あなたから見れば、それを上げることができるのか」
「できるはずです」→これは必ず出てくることが予想される
「いくらできると思うか」
「7個」
「…」眉を顰める
「8個できるでしょう」
「8個、それはできるのか」
「最大8個です」
「ん、8個やれる自信があるか」
「できるはずです」
「本当か、ほかの人に聞いて調査する必要があるか」
「いいえ、保証できます」
「そうだね、社長に8個が最大だと伝えるぞ、それより多く要求されるなら、社長に自分で作れというぞ」
「部長は俺達のためにモノ言いますね」
という流れである。

うまく、社長の部下として務めるし、うまく部下の上司として勤められる。

僕は、まじめ正直で、なんでも思う通りのまま伝えてしまう。
問題の解決に向かっている姿勢だけど、人間関係を解決することができない。
自分が進歩するが、嫌がられることもあるし、もともと僕のためにものを言ってくれたのに、僕が強気で、機嫌を悪くし、ぎくしゃくな人間関係になってしまうこともあった。

これから、テクニックを磨こう。

2007年7月4日水曜日

工藤さんからの返信

ずっと前から、工藤さんが僕のメールを返信しなくなった。
昨日彼女の誕生日に送ったら、返事が来て、うれしかった。
彼女はアルバイトの時に日本語先生養成コースの学生だった。
また返信してくれるかな。友達になれるかな。

学校のパソコン、引っ越し

インターネットが遅すぎる。

今日はすごい。いい鞄を貰った。
研究室は引っ越しで、いろいろいらないものが出てきて、
ある友達が2台のパソコンを組み立てたという。
僕も鞄を貰って、すごく感謝。ずっと前からちゃんとしたカバンがほしかった。

2007年7月3日火曜日

携帯の、メール…

全然わからなかった。ずっとメールの返信をSoftbank.ne.jpまでだと設定していた。
馬鹿だった。

25件のメールを見逃して、あああああ~~~

どうしようもない。

中島社長のメールなどがあって、大変うれしかった。


反応の遅いソフト「SOFTBANKメール」、だめだね。やはり。

2007年6月30日土曜日

お母さんと相談 -安心、決心

29日、夕方7時前から8時までお母さんと話をしていた。

お母さんが私のことを心配してくれて、いろいろ言ってくれているのは私のためになろうとしているから、安心した。どうしてもイライラしていた気持ちはある程度おさまっていた。

お母さんは、私が今重要な時期にあるから、悩まないほうがいいと考えていた。
そして、悩んでもすぐは変えられないし、性格には何の悪いこともないから、変える必要がないと言ってくれた。

私は決心した。変えることには猶予がない。
「奉仕」という概念がとても素晴らしいことで、私を魅了したわけである。
自分の性格には悪い点はないが、もっと素晴らしい人になるように、もっと感情的に自立して、もっといい習慣を身につけて、社会のためになることを大事にしなければいけない。

そしてお母さんがいつもわたしのことを一番に置いていた、という言葉にとてもうれしく思った。
やはり、お母さんが私のことを普通の学生、と見ていなくて、心配していたが、確かめて大変嬉しかった。

自分がそんなに素晴らしい人間ではないが、素晴らしい人間を目指していることが素晴らしいではないか。
自己肯定、自己満足が必要だね。

そして、金山(研究室の飲み会)に行く電車の中で考えていた。
どうすれば、私がお母さんを幸せにできるのかと。地味に頑張って、自分がより素晴らしい人になること、
社会の中で、お母さんに継いでいろんな人を助けること、お母さんとずっと仲良くしていくこと。などが頭の中にいっぱいだった。

真剣に生きることに、悪い点はないかもしれないが、
ずるをするまでお金に厳しく、時間を油断する、自分を責める、ゲームで心理の満足を得ようとする、
いたずらで注意を引く、いざ評価されることにかかわると、逃げるか逆ギレする。
これらを地道に直さないと、ばかみたいな、幸せではない生き方になる。

もっと自分のことを受け入れて、自分が自分の世話をして生きていかなければいけない現実を受け入れて、
社会が厳しい現実を受け入れて、自分がだれにでも好まれることが不可能である現実を受け入れて、
素晴らしい人がいるが、私がそんなに素晴らしい人ばかりと付き合うばかりではない現実を受け入れて、
自分が素晴らしい人ではない現実を受け入れて、努力して、その素晴らしくない自分を受け入れる。

それから、奉仕を楽しもう。成長を楽しもう。失敗を楽しもう。
私ならできるはずだ。

2007年6月29日金曜日

人間関係のジレンマ -お母さん、どうすればいいの?

人間関係って難しいよね。

良くしようとする時に、逆に相手に傷つくとことがある。
日本のお母さんが私にいろいろ注意して、いろいろ助けてくれて、私は謝るつもりで、いろいろ言ったが、お母さんに「注意の件で非常に驚く事ありで、留学生の方の受入の是非を考えさせられました。 亡くなった義父母主人は反対の意志が強いですが劉さん張さんと良い方が続き私に任された形なんですが。皆に気持ち良く住んで頂きたいだけです」と言われた。

何で!!なんでだ!
私は叫びたい気持ちだった。

なんでこんなことになろんだ。
私は個人の事情をお母さんに話したが、それが原因なら、悲しいです。親しくしたくて、幸せにしたくて、迷惑をかけたくないという思いやりだったけど、「今朝の件は何の問題も感じていませんが注意をすることが非常に重たく感じ始めていますもう後わずかな時間でしょうから気持ち良くお過し下さい。私の度量は日本人の学生さんを応援する位のものと自覚し始めています。」→これは、あなたの親しさが必要ではない、あなたの思いやりなんか、耐えられない。と言っている感じがしてしまう。

何で?
お母さんに何も交流しないときに、かわいそうに思われたか、大変と思われたか、いろいろ助けてくれた。
自分の本当の気持ちを言ったら、お母さんに理解されて、慰めてくれたり、理解してくれることを期待していたが、まったく逆のことが起こって、「あなたがここに住んではいけない」ことになっては、私は悲しい限りだ。

何をすればいいんだ?何を考えたらいいんだ?
(「何を考えたらいいか、何を思ったらいいか」と書くのが、心から違和感を持っていた。考えることは個人の自由で、最低限の自由だ。気持ちまで強制されることはよからぬことだと思う。)
しかし、私にはなぜそんなことになったかがさっぱりわからないので、解決策を見つけるはずがないわけだ。

お母さんの気持ちがわからない。
どんな気持ちで私を助けているかを聞いたら、「布団の件もやはり私から切り出さないと解決しないって事ですよね。今月末迄に環境事業局に申し出で、来月第一水曜の朝家の角に出しますコンビニで処理費のチケットを500円だったと思いますが買って張ります。カレーは要らないんですね。悩みますと言うことで有れば悩まないでと言っても仕方ないのでー 私から聞きますがどう思われているか知ってどうされるんですか。扇風機の尋ねにも答えられていません。このメールから私がどう思っているかお分かりに成ると思います。」
私はどのように思って私のことを手伝って続けていたかを知りたかったが、それはいけないですか。
私はお母さんのことを、実お母さんと思っていたが、私のことを、息子のように叱って、成長させて、手伝っているか、それとも、人が大変だから、助けるのは自分にとって当然なことなのか。
私はそれが知りたかったのだ。

そのおくってきたメールに対する理解の仕方を述べとく。
①しっかりしてほしいが、やはりやらなければいけない。迷惑だ、自分でやれ。
②カレーは食べてほしいが、何で話にのらないのだ。
③自分のせいで、兪が悩んでほしくない。
④いっつもはっきりとした答えが来ないので、困っているのだ。
⑤私が起こっている。わからないのか?素直に助言に乗ればいいのに。

解決策を探すために、もっと深くお母さんと話さなければいけない。
しかし、たくさん話すと、お母さんに嫌われる。

これは、ジレンマですね。


自分が子供みたいに、お母さんを頼りにここまで来た。
お母さんがたくさんしてくれて、私ができる限りお母さんのためになって、いろいろ助けてあげたい。

パソコンが壊れた時に、自分ができることをすべてやりたい。
何か運ぶ時も、いろいろやってあげたい。

それでも恩が返せないのに、お母さんに嫌われて、「出てけー」と言われたら、しんで終おうと思ったわけだ。
別に私が弱い人で、助言に耐えられないわけでもない。

お母さんの気持ちを確かめたくて仕方がなかった。
私に普通の人として何も思っていないか、それとも私と同じように少し愛着が生じたのか。
私がお母さんと胡さんと精一杯話すときに、悲しくなるのはそれだけだ。お母さんが、半年ここに住んでいる胡さんと私に対して同じ態度をとっているということは、私は何の特別な意味も持っていなくて、ただここに居候している学生だ、と思っている可能性が大きかったからだ。

私が望んでいることは、お母さんと仲がよくて、助け合って、将来私もお母さんのためになるように約束ができるくらいまでなって、それなら、素直にいろいろな恩情を受け入れても、違和感と恥ずかしさが感じなくて、自分ありのままでいられる。しかし、今はそんなに恩を受けながら、お母さんに傷つけながら、ここでいることは、心理的にダメージを受けすぎて、このうちから出ようと真剣に考えていた。

決してそれが解決方法ではない。心理負担から逃げる道なのだ。
お母さんと仲直りもできなければ、自分が一生それを負担して、親しい人とあったら思い出して、親しく慣れない可能性まで考えられる。

お母さんが、私を一般の留学生と思って、日本の社会に適すことができなかったことがかわいそうだ、とでも思って、世話したのなら、私は悲しいけど、それを知ったらほっとする。お母さんが私のことを好きにしてくれていて、本心で助けたいのだったら、私は嬉しくて、ほっとする。どっちも私がほっとすることになる。
お母さんも私のことを気にして、話をしている。それが一番怖いのだ。それだと、お母さんが本当に考えていることが分からないのだ。私がほかの人の迷惑になっているから、アパートに住んでほしくないと思っているか;私が将来もっと良くなることを信じて、逆のこと言って、励ましてくれているか。わからないのだ。

それとも、私がお母さんにしたしくしようとすること自体が問題にあるのか。
お母さんがみんな平等で、世話はするが、誰とでも親しくなると、心に負担ができ、うまく平等で気持ちよく住ませることができないことが心配で、私のようなややこしい子を拒否しているのか?
わからないのだ。

もし、私がお母さんと仲良くすることと、私たちが気持よくここに住むことと、行き違い、相反のところがなければ、なぜ私のことで「驚いた」、「留学生=兪の応援をする度量がない」とでもいうのでしょうか?
何が起こったのか?

やはり誤解されているではないか?
私はやはり話すことにする!しなければ、ごまかして仲直りが可能ですが、結局解決しないまま、自分の身にある問題点も、誤解されるところもわからないので、私はそのほうが苦しく思う。

お母さん!ぜひ、お気持ちをお聞かせください!

2007年6月27日水曜日

つけ

つけをはらう。この言葉が嫌いのだ。

つけを残したくないこともあるが、つけを払うと自分が後ろ向きになることが大きい。
その言い方を変えれば、「将来に向けて自分の改造」なんじゃないだろうか。

人生は短い。つけを払うばかりでは、前に進まない。

計画して、進歩しよう。怠け者は成功するはずがない。

2007年6月24日日曜日

久しぶりに お母さんとチャット 理系vs.文系

お母さんと、会った。
インターネットで、7時間近く話した。

あまり意味にある話はしていなかったが、
少し自分の考え方が整理できる話はしていた。

なぜ、理系を選んだのか、なぜ、これから文系にすすむのか。

理系を選んだ理由は、文系を馬鹿にしていたから。
理系を勉強する人は、文系のこともわかる。しかし、文系を勉強する人は、理系を理解するのは、大変時間がかかる。私もずっと理系を勉強してきたので、理系の大変さが大変わかっていた。
自分が物理が得意だったので、物理工学を選んだわけである。物理学こそ、万物すべての原理で、何年たっても変わらないのだ。文系の主観的なものは、歴史でさえ、人によって、時間がたつにつれ、変わっていくものだ。
世界を推進させているのは、技術、科学革新であり、ばかばかしい評論家ではない。昼に夢を見ている文学者でもない。社会問題を解決しても、実際腹がいっぱいにならないし、使える生産資料にもならない。
科学を勉強することが、社会に役立ち一番いい方法というか、唯一の方法とみなしていた。

日本に来て以来、社会に入ってボランティアをし、ホームステイで日本の家庭生活を見、日本の社会の問題と国際関係、平和と貧困にも考えるようになったのだ。
日本で芸術家に会い、政治家に会い、フリーライターの人に会い、企業家の人に会い、校長先生に会い、社会各層にいる人々の働くブリを見てきた。さまざまなアルバイト、インターンを経験し、仕事現場の状況も見てきた。日本という国は、いろんなジレンマを抱えていながら、一人ひとりの中にある素晴らしい仕事に専念する精神と、見栄えを大事に視する風潮と重なり合い、民族のプライドということを実感していた。
(自分が中国人で、中国のことをあまりにも国際の視点から見ることを重視していなかったことが、自分にとってショックだった。中国の人々は日本に負けない、伝統と文明をもち、勉強好きの民族なのだ。私は、日本で一人の中国人として、勉強し、仕事をし、将来自分の夢を実現し、その間にずっと日本人のように、自分の故郷の伝統の精神を、徹底できるようにしたい。自分はかつて、自分が中国人であることにプライドを持っていたことが少なかったことに恥ずかしく思う。)

中国人として、中国の社会と日本の社会、中国の文化と日本の文化の違い、中国語でさえはっきりと理解し、自分の意見を持っていなかった。

自分のことを見つめて、分析したこともなくて、友達関係、家族関係が自分にとってどんな意味なのか、自分が社会にとってどんな意味を持っているか、自分がどんな人を目指しているかでさえ、しっかりと考えることもなかった。
社会に接する中でいろいろなショックを受け、勉強の必要性を感じていた。

日本で、社会学、文化学、心理学、経済学、経営学、教育、体育、音楽、デザインなどを勉強していた。学校の授業もあるし、独学で本を読んだのもあった。
私が社会の中で受け止めたいろいろなことを解釈していた社会科学であった。弁護士たちの弁論会の時の知識になり、世界情勢の講演会の内容を理解するきっかけとなり、社長さんの後輩に伝える言葉の深い意味を聞き知るための財産になったわけであった。
社会人になった先輩たちに逐一聞いていた。学校で勉強した知識がどの程度仕事に役立ったのかと。ほとんどの人から、10%以下の答えを受け取った。それでは、学校で勉強することがどれくらい覚えているのかと聞いたら、同じような答えだった。学校で勉強することのほとんどが将来忘れてしまうことが、確かなことだと思った。なら、学校にいる時間をもっと有意義に使って、覚えられる経験を積んだ方がいいではないかと思ったのだ。
Dreamgate、経産省、愛経協、ACCJ、JASSO、UNCRD、9条の会、連合愛知、そして文化交流に関する諸々のイベントに足を運び、自分にとって少しでもプラスになる経験を積んでいた。
学校では、もっとたくさんの友達ができるように努力していた。留学生会、留学生支援のサークルACE、中国人留学生学友会、日中友好協会の活動、日本語ボランティアにたくさん参加し、会った人と交流し、友達になり、そして、今は留学生支援のネットワークを立ち上げ、留学生全体の支援を図ろうとしている。
その中で、リーダーシップを発揮し、自分の経験を、社会価値に転換する仕組みを一生懸命考えていた。

しかし、私の知識、経験がまだまだ足りないことに気がついた。
どうしたらいいか。

社会に入ることを選んだわけであった。社会に入ったら、当然社会経験は急速に積むし、自分の会社の関連する業務も、何年後ベテランになるでしょう。
どんな会社に入ることを決めようとするときに迷った。どんな業界がいいでしょう。どんなスタイルの会社がいいでしょう。私が将来、社会貢献ができる社長になるために、社会の仕組みを「マトリックス」の中のレオと同じように知らなければいけない。そして、自分の信念、リーダーとしての人格が十分でなければいけない。
それを磨くことがどこでしょう。答えが分からずに、すべてを経験しようとした私が、もっと学校で勉強することを決めた。しかし、ずっと理系を勉強するのは、もう私にとって無理なことになってしまっていた。その数学の公式、物理学の公理、化学の方程式、生物学のあやふやな記述、昔の私にとって意味が大変変わって、社会の仕組みの理解の上に勉強しないと、私にとって意味が持たないただの文字列にしか見えなくなっていた。

私は博打がやらない。博打は絶望の人がかすかな希望に向かって心の叫びか、大金持ちの社会価値の無駄遣いかである。私は理性的な儲け方をしたい。世界のエリートの名簿をのぞいたら、一生科学者でいる人が少ない。私は、科学発見のことを、センスの磨きの努力に運がいることと見ている。私にとってばくちと同じだ。エリートを日本社会で見ると、まずはお医者さん(分野によって、開業かどうかによって)、そして企業家の優秀な人たちであった。地域でいえば、東京のような大都市が多くて、農村には少ない。私が尊敬している小舅に、「理系の人が細部を見つめすぎ」、「右脳の発達が進んでない」ことが示された。
確かに、私はずっと理系な考え方で、自分の将来の全体図(画家の輪郭図)を描くことがなかった。ぼやけた感じで行ってもいいと思っていたか、そもそもそのことを頭に置いていなかった。どんなルートで勉強するか、どんなルートで人格を磨くか、人生にどんな目標が実現させたいか、人生の頂点の模様は何だろうか。これらの問題は、ずっと答えていなかったのだ。

人間が完璧なことができない。いくつかの選択肢から、選んで、ひとつに専念してやらないと、必ず失敗する。私は、余地なく社会科学を勉強することを選んだ。決める時、エネルギーがたくさんいたが。
なぜかというと、私は貴族になりたいのだ、私はお母さんを貴族のお母さんにしたいのだ。お父さんに私の成功を見せて、心から笑ってほしいのだ。
私の心を和らげ、毎日を冒険にし、賢くて問題の解決に向かって頑張る妻と、2人か3人の子供がほしい。大きなモデンなおうちに住みたい。それも芸術にあふれて、新世代の貴族を象徴するようなものでなければならない。そのうちから、自然が見える。そのうちが、自然である。春はあったかい風、夏は青々とした芝生、秋に真っ青な空、冬に真白な雪に包まれ、私の霊感を激励し、私を安らがせる場所となる。朝早く起きて、新しい朝日と新しい人生の可能性に向かって、温かいコーヒーを飲み、ジョギングして、アシスタントの人に大事なニュースとスケジュールを読んでもらう。そして、お風呂に入り、仕事の準備をし、妻と子供に挨拶、愛していることを言い表す。そして大事な友達と仕事のパートナーと連絡し、考えていることと情報を交換する。そして仕事場に向かい、仕事に集中する。昼ごはんは会社で食べて、社員の働く気持ちを聞き、自ら解決を向かって進める。午後は、仕事を部下に知らせ、簡単な報告を聞く。そして仕事場から役所、宴会場、美術館、科学展覧会、映画の試写会などに見物、大物と会談。そしてボランティアの仕事をする。社会をもっと良くするには、どんな努力が必要かを考え、自ら実行する。夜ごはんは妻と子供を連れて、港で海を見ながら食べたり、劇かスポーツを見てすぐそとのレストランで食べたり、自宅で気持ちいい話をしながら妻の手料理を味わったり。その後水泳か、テニスか、トレニングをし、汗かいて、温泉に入って、気持ちよく寝る。
週末は私が隣人のうちに訪問したり、地域のリーダーとして勤めたり、自分ができることを尽くして、尊敬できる人になりたい。そして、お母さんとお父さんを連れて、世界遺産を見物し、たくさんの写真を見たり、古い写真を見て、なつかしき古い物語を語りなおす。また、子供連れて博物館に行ったり、国会に行ったり、飛行機組み立て場に行ったり、有名な作家のうち訪ねたりしたい。そして半日、夜まで妻とロマンチックな時間を過ごしたい。花、月光、クラッシック音楽、愛のキス、きれいな服を着て、愛を刻む場所を次々と増やしたい。

子供を最高の教育を受けさせたい。彼らに命と社会の大切さを知らせ、生きることに感謝することと、奉仕の精神、そして好奇心とロイヤルな心を持たせ、社会を経験させ、悪いことを彼ら自ら認識でき、すべてを責任を持って、楽しく過ごせることを目指す。
妻には、センスと私のビジョンの理解を求める。一緒に生活することは、一緒に戦う戦友と、一緒にゲームをするプレーヤと同じ。総指揮、監督などがいないので、お互いを理解し、お互いを適度に愛することが求められる。お互いに、生きる甲斐になるのが最高なものだ。
両親には、世界各国に旅行させたい、両親の実現できなかった夢を実現させたい。

最初から私は奉仕をする。より多くの人への奉仕するために、私は自分の知識を豊かにし、生活をよくし、自分の自己実現を高める。そして、社会に適したスタイルで社会貢献をすることを求める。今は会社を創立し、組織で社会貢献が一番効率が良くて、生産性がいいし、人々に受け入れられやすい。なので私はMBAを取ろうと思っていた。リーダーシップの発揮、自分に必要な素質、身に付くための練習、生産活動の意味、人間として働く意味、世界の構造、世界のエリートの所在、世界の人々の行動など。これらを勉強することに一番適した場は、MBAコースであった。周りのみんなが、私にアメリカのMBAコースをすすめてくれた。しかし、私は日本でそれを取りたい。私は日本という国に恋をしている。日本で私は人生の方向を決めた。それに、私は日本と中国の産業の未来のつながりを強く信じている。今は外交の面でいろいろ難しいことがあるが、私は努力して、日本と中国の間に、EUみたいな国の間の絆を作りたいのだ。日本と中国の何千年の友好国交の歴史があって、日本の一番古い歴史が中国の本から発見されたことまで、両国のつながりが深かったのだ。中国と日本は昔の時、EUよりも強いきずながあった。私は両国の人民、政治家がアメリカのような野望のある超大国とか、世界を分裂させたい左派、右派の望むがままに対立させられることを許せない。

その担い手になるのに、私は日本の社会を勉強しなければいけない。わずか4年の月日が、社会を理解することに物足りない。社会のエリートと知り合っていないし、日本で根をはっていない。こんなに僕を魅了する国は、まだまだ発現が待たせることが多くある。
「一回日本人になりきって」という小舅の助言だった。

日本では、中国と日本の社会、ビジネスモデルを詳しく知っている人材を緊急に求めている。そのニーズに答えようとして、私自身がその人材になる。もちろん、理系の背景は絶対無意味ではありません。産業を理解するのに、技術の発展を理解する必要はあるし、研究者の気持ちを理解する必要もある。そして、理系の勉強は私にいろいろな将来の社会に対する夢を与えてくれた。飛ぶ車とか、脳の中のパソコンとか、生物機械とか。これらも私の前進する動力になる。
理系が知っていてこそ、社会のニーズを知ろうとしていた。工学部生の使命は、科学を産業に運用する役割であり、私はその役割を果たし続けるでしょう。MBAを勉強するときに、東京を理解し、東京の友達を作り、自分をエリートたちの中に混じり、その中新たな自分が見つけることを願っている。

頂点に立つことがない人には、麓の景色を評価する資格がない。
これは私の言葉だ。

その頂点に立て、世界を見下ろし、そして世界の中の普通の一人として頑張って、みんなが幸せになるように努力したい。

2007年6月23日土曜日

ごめんなさい! 北川さん 日本のお母さん

もう、こんなに悲しい話、書かないと思ったが、
やめるのが無理だった。

今日は一日考え込んで、自分が利害関係にある時に、
何かうまく中国のお母さんを忘れて、新しい自分になれる方法があるかなと。

なかったのだ。
どう探しても見つからなかったのだ。
私がお母さんになっていた。
きっと、遠いふるさとにいるお母さんが知っていたら、悲しいだろう。

しかし、私はどうしようもなかったのだ。
人間の弱さをもう一度知っていた。
死を思う時に、本当にできるもんだ。

「矛盾の中から新しいアイディアを生み出す」ことが素晴しいリーダーの素質であると、ハーバードビジネスレビューに書かれていた。しかし、矛盾があって、抜け出せない人々がいて、彼らはこの世、一番不幸な人ではないでしょうか?

私は自分が悩むことができることを幸せだと、大学1年生の時から、真剣に思っていた。
しかし、日本のお母さんに、「悩みますと言うことで有れば悩まないでと言っても仕方ないのでー」と言われた。彼女は私に悩まないでほしかった。

何年たっても、寝る時間を守らなくて、約束の時間も守られない人でいたくなかったのだ。
もっと自分とよく付き合って、自然な生活を送りたかったのだ。
中国のお母さんの愛されるジレンマの影の中にもがくようなことがしたくなかったのだ。

そして、いつも日本のお母さんに迷惑をかけっぱなしで、悪いと思うし、何もためになっていないのに、いつも物、ご飯ばかり貰った。その時に何を言えばいいでしょう。日本語がうまくないから、お世辞も言えないし、進んで自分の考え方さえどうなっているか分からなくなった。
そのうち、物を貰うことが当たり前と思ってしまって、自分が本当の息子になったと感じていた。それが原因なのかな、胡さんを妬いてたのは。自分が唯一だったが、胡さんも同じようになったのは、受け入れられなかったかもしれない。

何も考えていないで、お母さんの恩恵を貰いっぱなしでいた。
しかし、今中国のお母さんのことを思い出したら、まったく同じなのだった。
中国のお母さんに心配させたくない、負担をかけたくない、幸せにさせたい思いやりが、ここで同じ作用を発揮した。

カレーは食べたくないのではなくて、食べたら自分がもっと悲しくなるからだった。
扇風機も、布団もそうだった。

誰かが私にやさしくすると、逆に私が悲しくて泣いてしまう。

実の話をいうと、私は確かに逃げ回っていた。
布団は、冬で寒いから使いたいけど、部屋の中に置くのが邪魔だったから、私は寒さに強いし、処分してもいいと思っていた。ずっと「どこかに預かってもらってもいいですか」と聞くのを迷っていた。迷惑をかけてしまうから。
しかし、いつも面倒をみてくれているお母さんなら、出来るじゃないかと思いました。その後、メールでこだわられてしまった。どうしたらいい?どうすればいい?焦った私は、逃げる道をわざとではないけれども、選んでしまったのだ。「そのまま言わなければ、忘れるかもしれないでは?」と。

逆にお母さんに怒鳴られた。

私は、「単純に素直に忠告を受けて頂けると私も助かりますが」と言われることになってしまった。

今になって、できないのだ。
許してください。
私の中の、中国のお母さんのためにも。

私をややこしい子と思うかもしれない、
私を思いやりのない、助けることが難しい子と思うかもしれない。

私は、我が儘で、お母さんに頼る子になりたくないのだ。

私は、自分の力で、お母さんを幸せにしたいのだ!!

何もできなくて、こそどろのことしか今はできない私は、悔しくて、しにたくて。


死んだら、またお母さんが悲しいし、いろいろ処理が面倒だろう。
そのために、お母さんの身に何かあったらいけないし。

死にはしません。

「私ができること」の少なさに、自分でも驚く。
「優秀」と言われたことがあるが、私はちっとも優秀ではないのだ。

社会が怖くて、学校から出たくない私には、何かを言う権利があるのか。
授業も出なくて、単位を落とし、卒業が順調になるかどうかも心配な私に、優秀といわれる権利があるのか。
もともと、一生懸命がんばったら、中国の一流の大学にも行けたのに、遊びばかりで、段々通う学校のランクも落ちて、日本の大学に行く、当時の下の選択肢に選ばざるを得なかった私には、お母さんを幸せにさせることができるのだろうか!

私に、夢があった。
その夢も、お母さんのためにもったのかもしれない。
お母さんは、私が優秀と認めてくれた;私がやりたいことをいつも励ましてくれたから。

私の人生の中に、友達も、彼女も、親戚も、存在の意味が薄かった。
お母さんが私の一番大事な人だった。

そうなることがよくないかもしれないが、逃げられない運命だった。

RE: Re>反省です

お母さん、大変申し訳ございません。気がついたら、ずいぶんわがまましていました。小さい頃からあまりわがままができなかったかな(^^)。どうしてもお中国の母さんを幸せにさせたい気持ちが、自分の弱さより変形し、ゆがんだ自責の気持ちになっていました。アルバイトをしていなくて、お金を使うことに罪悪感を持っていました。 自分がみんなのお金使ってもいいという考え方が持っていません。だって私もいつもボランティアをしていて、人を助けることが好きだった。しかしひそかにどうしてもずるいことをしてしまいます。 自分の気持ちに正直でいようと頑張ります、これから自分とよく付き合います。

そうだ、ブログに一点追加です。なぜ夜遅くまでパソコンをしていたのか。それは、一日自分を責めた後の「ご褒美」だったのです。どうしても必要だったのです。そして長くやらないと気がすまなかったことも説明がつきます。
やっぱり心理の病気ですね。これは簡単に治るのかな?

わたしの夢 -お母さん 偉大なる母親

今週は、プレッシャーが大きかったのだ。
大学院、自分の将来、研究室、生物、自己管理、時間。

いろんな要素がご茶になって、整理しても整理しきれなかったのだ。

そして、大家さんの北川さんに言われた。
「悪いですが共有の意識をお持ち下さいね。npoにも必要な事項だと思います。先ずは老婆心まで。」
「重い物を吊すのは危ないし大変な修理に成りますので止めてください。」
「昨日と今日のメールお読み頂けましたか、冷凍室を皆で使って頂く為ペツトは 2本位にしてくださいとお願いしたのに4本にされていてお願いは聞いて頂けないんでしょうか、天井の件も無視して使われるつもりでしょうか、少し不誠実な態度に悲しいです。専用住宅でお住まい頂いたほうが良いかもしれませんね。精一杯出来る事している積もりですが通じないとしたら悲しい限りです。 」

こう言うメールを返信しました。
「お母さん!大変申し訳ございませんでした!!メール読んでいなかったです。本当に今読みましたので、信じてください。私は無視するつもりはありません。メールを見ることに怠けました。いまペットボトルも出しました、天井のペットボトルもおろしました。ずっと前から、私は自分が自分のことしか考えていないことが分かっていました。直そうといつも思っています。時間に関して遅れることもしょっちゅうありますが、それもいつも直したいと思っていました。しかし、「少ない資源でたくさんのことができる方がいい」、「少ない時間でたくさんのことができる方が賢い」と昔の価値観変わらなかった。それは今でもそう思っているからです。なかなか直せないんですね。私はどうしたらいいでしょう???私は…この社会になれなくて、しんでしまうでしょうか。
胡さんに対しても最近冷めた態度をとっています。彼はいつもバイクと車で自慢してばかりで、私のことに賛成しないし、彼は北川さんといたら、私は話さえできなくて、自分は彼より人間関係ができていないし、面白くないことが分かっていますが、どうしても妬いてしまうのです。自分でも話したいと思って、一生懸命話したことがありますが、どうも自分らしくなくて。いつも避けようと思いましたが、気持ちがもやもやしてすっきりになれない。私、ダメな子でしょうか。
長いメールで申し訳ございません!どうかここに居させてください。 兪子豊」

本音です。

人間は自分ができないことが評価されることに恐怖感を抱いています。
特に愛している人、尊敬している人に。

天井に取り付けたばかりのひもとフックを取り外したとき、泣いていた。
抑えきれない感情が私の中から湧き出し、我慢しても、我慢しても仕方がなかったわけだ。
もともと自分はこんな賢い考え方があって、電気代も使わずに、クーラーじゃなく自然の風で体を冷やせるとお母さんに見せたら、喜ばれるだろう。今はそんなことを話したら、悲しまれるだけだけどね。

私は今まで自分の犯罪の訳が分からなかったが、少しわかったような気がしてきた。
なぜお「父さんが厳しい」という話をすると、涙が出てしまうか;なぜ辛くても、お金、ご飯を無駄にしたくないのか;なぜ勉強してなかった日に、自分をひどく責めるのか;なぜ人の目に気にしなくて、ダサい服を着ても、穴があいた靴下をはいても、屈辱に思わないのか;なぜずるをしてタイムカードを帰る時間より遅くおすのか;なぜ危険な状況に身をおいても、大胆でいられたのか;なぜ、人は私の才能を否定したときに、しにそうに苦しいのか。


すべてが読めた。
お母さんの私のための犠牲です。

お母さんは、自分のためにお金も使わなくて、布がダメになって、縫い繕うことができないまで着続けていた。お母さんは、シャレしたこともなくて、親戚から貰った香水、何十年たってもそのまま置いていた。自分が大事にしている玉のネックレスを私にくれて、「日本でお世話になった人に送って、私は使わないから」といった。トイレは自動に水が流れなくて、いつも隣で洗濯、洗面で使った汚い水をおいて、それでトイレを流していた。引っ越しも、独りで自転車で何十回も往復して、重い荷物を運んでいた。電車代使わなくて、いつも自転車で通勤していた。冬の大雪の時さえ。
私は塾で、成績が落ちたら、私を乗せて自転車に乗りながら、泣いていた。お父さんが私を叩いていたとき、お母さんは私を守って、お父さんとけんかしてから、ひとりで泣いていた。私は日本に行く前に、何か特技を勉強したいと、お母さんに連絡を頼んでいた。そして、また何日後聞いたら、お母さんはまだ見つかっていないと、そして私が怒っていた、なぜできないのかと。今考えたら、ひたすらわがままだった。しかしその時に、お母さんは泣き出した。「あなたのためになにもできなかった。私はだめなお母さんだ。ううう」私は呆れて唖然とした。こんなにお母さんが僕のことを愛してくれているのに、なぜ私はお母さんとけんかするのだと。二人で大泣きをしていた。その日、私は一生忘れないでしょう。
お母さんは、私を才能を認め続けていた。私がユニークであることをいつも認め、私は将来偉くなることを信じ続けていた。私がパソコンをいじると、お父さんに叱られるが、お母さんが背後で支持し続けていた。そして、私がいつも平安で、無事で、幸せな生活が送られると願い続けていた。

お母さんのことは、私しかわからないでしょう。いいや、私でも分かっていないはずだ。お母さんは、すべてを自分で担い、すべてをひとりで負い続けていた。


私はお母さん抜きで一人の人間になれない。私がやったすべてが、潜在意識的にお母さんを喜ばせ、お母さんの荷物を分担することだった。

私がほかの子より大人っぽいことと、パソコンが上手なことも、そこから来たのだ。

その私が、日本に来て、日本の社会に適することができる人間になろうとしている。
それは私のお母さんとのつながり、私の悪い習慣を切ろうをしている。

私は逃げようとしても、逃げられない運命であった。

2007年6月22日金曜日

心が震えるほど

今日「豊通シスコン」の企業説明会に参加した。

特別な情報はなかったし、向こうにほしがられていることさえ感じていなかった。
(私は正直に自分がMBAを取ろうと、言ったせいかな。)

その時に、楊とたくさんの友達がいた。
その中に、東さんもいた。

その二人に、簡単な紹介をした。
実は彼と彼女は3年前に一度あったことがあった。それは私と彼女と知り合ったわけと同じであった。
その時、楊は何も言わなかったが、うちに帰ったら、MSNで、「嗯,拜托!!!我还是头一次有着冲动呢!!」と、「彼女に彼氏がいるかどうか」を調べることが頼まれた。


彼女は、言語文化の博士課程に就読している。
正直なところ、きれいな女性だ。

1年生の時、日本語を勉強する学生がアンケートをしたら、図書券がもらえることがあった。
我々日本語授業のみんなが誘われた。誘う相手は、東さんだった。

彼女は話すときに、なんだか魔力が感じて、癒されるというか、落ち着くというか。
けれど、一年生の僕は、何も考えなかった。ただ、やさしいお姉さんが一人増えた感じだった。

しかし、そのあと、私は中国人留学生学友会に入り、彼女もそこで幹事をやっていたのだ。
名大祭の時、餃子を売り、大成功の代わりに、会長が私たちを連れて、食事とカラオケに行った。

私は食事でも、カラオケでも、十分楽しんでいた。
しかし次の日に授業があるため、1時過ぎまで歌ったら、やっぱり早く帰らなければいけないと思っていた。その時、彼女も帰ると言っていた。

食事後、私は友達の車に乗って、カラオケに行っていた。
自転車は遠いレストランの玄関に置いていた。
彼女は車で迎えられることを聞いて、レストランの前に私をおろしてくれないかと頼んだ。

驚いたことに、彼女を向かってくる人は、彼女の彼氏だった。
そのひとは、立派な車を持っている日本人だった。

その時かな~?日本人の彼女を探したいと思ったのは。


そして、心の中に震えることがあったのだ。
何がどうなっているか、はっきりとわからなかった。
「日本人の彼氏がいるのか、いいな~」と自分に言った。

それからもずっと、彼女と何度か会ったが、何も余計なことは考えていなかったのだ。

そして、今日。
その情報を調べてきてと言われた。自分の中で、何かが詰まっていて、悲しかった。

悲しかったのは、自分が「いい子」で、「彼女を探さないで」という親の言いなりになって、脱出できなかったか;「完璧主義者」で、周りの人が気に入った女の子とは認めづらいのか;それとも、タイミングがまだなのか…

彼女のいない現実に、この何年間も認め続けていた。
好きな人がいたりするが、何をすればいいか迷ううちに、見失ったり、いろいろやりすぎて逃げられたり。
ロマンティックな男だと自認していたが、どうもそうではなかったようだ。
私に、そういった魅力がなかったのだろうか。

家の親父も御袋も、彼女探していいよと言っていた。
こんな感情を波乱させることが話されて、逆にいろいろ考えせざるを得なかった。
醜悪な仲間の闘争、一人の女にめぐる複雑で、悲しい物語がたくさん聞いていた。

それで何が幸せだ。
何で女の歓心を得るのに、醜悪な人性を出さなければならないんだ。

私はその理由で、いつも他の人との戦いを回避していた。

「男女関係では、世間のやり方では適用できない。」
「試しているんだ。」
ということはよく耳にする。
欲求と尊厳で、何もかも、混乱していた。

世界は神の世界ではない。
神の存在を願う人々の世界だ。

私は、その聖なるものを手に入れながら、幸せになれるのだろうか?

2007年5月30日水曜日

寝ようか

焦る人は眠れない…
だけど、寝よう。

2007年5月29日火曜日

重要:ITSOの議論!

スタッフの皆さん:

私はセミナー事業の次に、留学生の就職支援事業を立ち上げようとしています。
昨日、岐阜でITSOの説明をして、岐阜大学の先生とG-netのスタッフに、
「どの活動を軸に置くかがわからない」という意見がありました。

セミナーが質のあるものにしなければいけないです。
二度といきなくないセミナーを作ったらおしまいです。
しかし、どうしたらセミナーがそんなに魅力のあるものになれるんでしょうか?

留学生日本に来て、一番苦しいのは0か月 5か月の間になるでしょう。
その人たちを支援すべきか、それとも、ある程度日本になれた学生で、日本に就職したい人なのか?

もっと詳しく見たい:
引き金:http://jp-itso.blogspot.com/2007/05/528-g-netitso.html

ご手数ですが、Orkutに登録して(無料)、フォーラムで議論しましょう。
http://www.orkut.com/CommMsgs.aspx?cmm=32404704&tid=2534918390700053751&na=4

2007年5月24日木曜日

経営学 レポート(更新報告)

経営学 レポートを ITSO-国際人材支援機構作成歴http://jp-itso.blogspot.com/に譲った。
第一章のすべて(3つ)の問題について論じたので、見てみてね。

2007年5月23日水曜日

時間に勝つ

「時間に勝つなんて?」
「馬鹿な、出来るもんか?」

と言うかもしれない。

俺は、昔ずっと時間に勝てない男だった。

夜寝るのが遅いし、朝起きるのは遅いし、約束に遅れるし、予定を先延ばしして結局一夜漬けすることはしばしばあったものだ。

で、時間に勝つことははたしてできるのか?

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それを聞くのは愚かなものだ。
違う角度でその問題を見なければ問題が解決しないのだ。

時間は同じスピードで進んでいる。
神様がそれをつかさどっているのなら、みんなに平等であるといえよう。
ただ、同じ時間で、出来る人とできない人がいる。
それはなぜだ。

分析しましょう。
時間内でできる人は、頭がいいかもしれない。
しかし、頭がいいだけでは、だんだんと「先延ばしタイプ」になってしまう。
普段は勉強しなくて、試験前の一週間(それとも一日?)勉強して、高い点数取れたら、他の人から見られたら、格好いいではないか?
一方、頭が悪くて、出来ないことはあろうか?それもないでしょう。
本当にどうやって頑張って勉強しても、試験でいい点数取れないのだったら、試験の出題に問題があるのだ。学校の知識は、暗記で通ることなので、努力次第だと思う。
逆に何遍も見ていた「頭の悪い」子が、何年たってもその知識が忘れることなく、社会でエリートになったことは少なくない。

なら、いったい何が理由なんだ?
時間を理解しているかどうかにあるのだ。
この時間で一つのことをやると、違うことをやることができなくなる。

一生の時間をどう分配するかがポイントだ。
一日に短縮してもおなじさ。

頭が短時間に集中して勉強するのが理解能力面で効率的で、
何回も復習して、使って、考えてやれば、「記憶曲線」理論により、記憶面で効率的だ。

これらの「ツール」を使って、時間を効率的に「マネジメント」ができる。
私は学校の時間を大切にする、残りの時間は、勉強と仕事(経験)に半分ずつ使う。

勉強は20分決算で、終わったらすぐ違う学科/本に切り替える。
早くて、同じ内容を見る頻度を上げる時間の使い方である。

頭に入らなくなったときは、雑誌を見たり、遠くの景色を見たりして、
10分から30分休憩をする。

毎日こんなに「見えない経営資産」の蓄積があったら、
「将来へのリスク」は極めて低くて、そして、「経験」に使う時間を大きくすると、
社会でのEQも高くなるし、人生は豊かになることは間違いないでしょう。

その上にこそ、「貴族」という野望の追求が初めてできたのであろう。

今気づいたこと

高校野球やるなら甲子園、
サッカーをやるならワールドカップ、
俺は貴族になるのなら、世界の貴族を見てこなければね、何が貴族かわからないものだ。

気づくのが遅かったが、
見に行こうではないか?

まずは、日本の頂点に立っている人たちをね。!(-^_^-)

2007年5月22日火曜日

格好いいこと

気づけば懐かしい川原に来てみたり
昨日みた夢の続き想像してたり

あの日少年の君が大人びてみえて
さよならも言えず傘に隠れたすれ違い
もしも...なんてことを時に 忘れ咲き


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コナンの「甲子園の奇跡」を今日もう一回見た。

スポーツにミニの人生が映っていることがよ~く分かった。

実力を毎日の懸命な練習で上げて
最後まであきらめないで、戦場で真剣勝負をして
笑って難題と失敗を迎える。

なんてすばらしい姿勢、なんてかがやかしいスタンス。

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人間はどんな人になろうかという考え方があって、
素晴らしいことを目指してこそ、負けることはなくなる。

野球の最高の競技の場の甲子園を目指して、
すべてをなくしても練習し、試合し、みんなの努力で
最高の試合を世界に示し、栄誉と尊厳のために頑張る姿が最高ではないでしょうか?

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俺もいっしょさ。
商業の頂点を目指して、それに入るために身を磨いている。
失敗を重ね、あらゆる場面で自分の能力を伸ばし、その頂点に立たなければ、しぬまで頑張り続ける。

笑って失敗に迎えることができるなら、
きっと、甲子園の奇跡が俺にも起こるのであろう!

さあ、がんばるか。笑ってね。

自分がきらきらする

頑張れば、いろいろ可能性が目の前で広がる。

まだまだ自分が弱い人間だけど、
一歩づつ進歩している自分が実感できて、
心から喜んでいる。

これからも、自分が貴族になりつつあるだろう。
(ITSOのBloggerに参照)

2007年5月21日月曜日

NPO 国際人材支援機構 のBloggerを作りました!

NPO 国際人材支援機構 のBloggerを作りました!
http://jp-itso.blogspot.com/
時々見てみてね。

2007年5月15日火曜日

Orkut & MIXI

今日Orkutに参加しました。
MIXIも参加待ちしています。

このようなSNSサイトを見習って、自分のサイトを立ち上げよう。

2007年5月14日月曜日

経営学 レポート(経営戦略問題点)

《経営学入門》第一章 戦略とは何か

演習問題:
1.戦略が失敗したと思われる例を自分で見つけ、その例ではこの章の「戦略の二るの定義の内容のどこが問題だったのか、考えなさい。

戦略の二つの定義:
①「市場の中の組織としての活動の長期的な基本設計図」
②「企業や事業の将来のあるべき姿とそこに至るまでの変革のシナリオ」

eビジネスの失敗 <6つのケース>
http://www5.ocn.ne.jp/~ganet/internet/ibs/no69.htm

1.ニッチ市場にターゲットを絞ったが、マーケティングをうまくできなかったケース

eビジネスでは、少数ユーザー向きの商品であっても、全国にいるユーザーを集めることでビジネスが可能になることが魅力の一つです。ところが、ビジネスとして成功させるには、サイトや商品の企画だけでなく、マーケティングというのが非常に重要になってきます。なぜなら、確かに、全国にユーザーは散らばって存在するのですが、彼らをサイトに集めることができなければ、顧客として獲得することはできないからです。失敗した原因は、マーケティングを怠っていたり、あるいはマーケティングのノウハウを持たなかったことにあります。筆者も、これまでニッチ市場の可能性を説いてきたのですが、その話を聞いて、実際にそれを実施した方から、うまくいかなかったじゃないかと文句を言われたことがありました。実際にコンサルティングをしたケースの話ではないので、マーケティングまで面倒を見ることはできなかったためですが、もし企画に本当に自信があったのであれば、そうなってしまったのはマーケティングがうまくいかなかった結果でしょう。このケースで失敗した理由として、「市場の成長スピードが見込んだものよりも遅かった」などと言われることもあるようですが、これははっきり言って間違いです。このように納得しているようでは、同じ失敗を繰り返してしまう恐れがあります。技術革新などによるユーザーにとって全く未知の市場や、ユーザーのライフスタイルを劇的に変えるような市場でなければ、この言葉は当てはまらないからです。失敗したのは、市場側の問題ではなく、企業側の企画内容かマーケティングのやり方に問題があったことに他なりません。

戦略の①の定義から見ると
①「市場の中の組織としての活動の長期的な基本設計図」

市場をニッチ市場、「大手資本が手をつけないようなマーケット」にして、市場に対する戦略はターゲットを絞って、ニーズが満たされていない少数のユーザー向けなので、明確な顧客群になるでしょう。

しかし、競争相手は明確していない。それは顧客自身なのか、代替品があるのかわからない。

それに、顧客の特性をはっきり把握していない。顧客はサイトを見る人でしょうか?

戦略の②の定義から見ると:
②「企業や事業の将来のあるべき姿とそこに至るまでの変革のシナリオ」

議論しにくい。

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CONNECTプロジェクトがソニー復権の切り札にならなかったわけ

http://japan.cnet.com/special/story/0,2000056049,20131247,00.htm

プログラマたちはCONNECTの開発に取りかかった。目的は、AppleのiTunesに対抗するソフトウェアを作ることだった。しかし、ソニーは、社内の政治的駆け引きや、困難なプログラミング作業、(Appleに先を越された)いらだちなどで機能不全の様相を呈していた。そして、それはソニーのデジタル音楽市場に対する野心の実現に大きな障害となっていく。14カ月後、CONNECT Playerはリリースされたものの出来は悪く、Appleに追いつこうとするソニーの目論みの失敗は決定的となった。

iTunesに追いつこうとしたソニーの試みは、他社のテクノロジに手を出し、結局は失敗に終わるという悪しきパターンの最初の事例となった。このパターンは、鳴り物入りで宣伝されたソニーのeBookプロジェクトをKinomaが担当するという形でその後も続いている.

なぜソニーは、自社の将来にとって極めて重要な技術を外部の会社に求めてしまうという、ソニーらしからぬ戦略をとってしまったのだろうか。

2005年、Hoddie氏は、FSKを基盤技術として用いたデジタル音楽ソフトウェアKtunesのプロトタイプをデモするまでにこぎつけた。Ktunesを使えば、ソニー独自のデジタル音楽ビジネスを一気に立ち上げることができそうに思えた。
 しかし、このプロジェクトは、ソニーのある幹部の言葉を借りると、「まぎれもない大失敗」に終わった。
 批評家たちによると、FSKは成熟した技術ではなく、それを扱うソニーのプログラマたちに必要なドキュメントがほとんど用意されていなかったという。また、ソニーの既存のウェブシステムや商用システムに組み込めるように設計されておらず、インターネットアプリケーションで通常使用されるHTMLやXMLといった標準にも準拠していなかった。このため、どのような機能を実装するにも大変な労力が必要だった。
 ソニーの内部関係者によると、Kinomaの中核技術は携帯用デバイスとPC上の両方で動作するように設計されていたという。FSKベースのSony Walkmanのプロトタイプも開発されたが、ソニーは早い時点でその路線を捨てて、あくまでPC上のプラットフォームとしてのKinomaの技術にこだわった。

ソニーは技術力も資金力もある大企業だ。それは間違いない。しかし、Appleと同じ土俵に上がるまでの道のりは、長く険しいものになるだろう。
 「ソニーのプレイヤーは今でも、ほとんどの地域で、市場シェア2~4位あたりにつけており、出荷台数も数百万台にのぼる」とEnvisioneeringのアナリストRichard Doherty氏は言う。「ただ、サービスソフトウェアに関しては相変わらずの苦戦が続いている」(Doherty氏)

戦略の①の定義から見ると
①「市場の中の組織としての活動の長期的な基本設計図」

市場をデジタル音楽市場に着目した。
ユーザーは日本の国内のiTuneを使って、インターネットから音楽をダウンロードしているユーザーたち。競争相手は当然にAppleだ。

ネットコンテンツ、FSK:マルチメディアファイルの転送プラットフォームを利用しようとして(技術を使う変換)、ソニーのマルチメディア(音楽、映像)に強いことを復帰させたいことであろう。

しかし、組織として、「社内の政治的駆け引きや、困難なプログラミング作業、(Appleに先を越された)いらだちなどで機能不全の様相を呈していた。」という。

プログラマがKonima社のプログラムを十分に理解していなかった。「プログラマたちはFSK(の出来の悪さ)を責め、Hoddie氏はプログラマたちを責めた。」組織の間にぎくしゃくがあった。
「FSKは成熟した技術ではなく、それを扱うソニーのプログラマたちに必要なドキュメントがほとんど用意されていなかったという。また、ソニーの既存のウェブシステムや商用システムに組み込めるように設計されておらず、インターネットアプリケーションで通常使用されるHTMLやXMLといった標準にも準拠していなかった。このため、どのような機能を実装するにも大変な労力が必要だった。」これだと、プログラマの文句は多いだろう。

活動計画として「14か月リリース」で、その間に実行の可能性をチェックしたら、ある程度予測できるはずだと思う;リリースの出来が悪くて、iTuneにかなわないことは明らか。

そして「基本設計図」として、その市場の選択、技術の他社との組み合わせなどは検討が欠けているでしょう。

戦略の②の定義から見ると
②「企業や事業の将来のあるべき姿とそこに至るまでの変革のシナリオ」

将来のあるべきソニーは、「デジタル音楽市場の大きいシェアを持つブランド企業」と作りたかっただろう。

しかしそこまで辿るために、今までのブランド性を保つことが大事だった。

そのために、出来の悪い製品を出すわけにはいけない。組織のバックアップを適切に行われなければいけない。

シナリオとして、「SONYの幹部は、リリース時期を優先させるために機能削減を指示、何とかCONNECT Playerのリリースにこぎ着けたそうです。でも、US SONYの幹部はリリースを拒否。ヨーロッパと日本ではリリースされたけど、悲惨な状況になった」

リリースを実際の技術と組織の状況に合わせなかったし、Hoddie氏を信じ込んで、プログラマの苦情を聞かなかったことに問題にあるであろう。


2007年5月12日土曜日

広島へ行こう!

広島はきれいな都市だ。
それより、平和な都市である。

今年夏、我々は自転車に乗り、広島に向かう。
それは、私たちの平和への思い、
日本、私たち留学生第二のふるさとへの感謝、
日本で出会った人たちのためにも、
私たちは、日中間の平和の架け橋になりたい。

9月中旬に行きます。
参加者募集中です。

2007年5月10日木曜日

怖がる猫

人が来ると、あわただしく避ける猫、
彼らを見ると、どうしようもない微笑みが思わず
頬に浮かんでしまった私は、
いつの間に、「猫みたい」と言われた。

蝶々の踊りに空中に手を奮い、
ジャンプし回り、そして
日光で黄色く映った花畑の中で
丸々く縮こまっていた。

なんとピースな画面だ。
私もそのような生活があったらといっつも思う。


猫には、我々のない素質を持っている。

彼らは生きることを芸術だと思っている。
新しいことを試すことは止まったこともなく、
休みたいだけ休んで、そして
飛ぶべき時は、一瞬に獲物を捕ってしまう。



怖がる猫は、逃げ脚がはやい
些細な音でも、彼らの耳から逃れない。
私がうちに帰る時に、「ニャン」で歓迎してくれる
私がえさをやる時に、「ニャン」で嬉しがっている

すぐベッドの下に逃げるこの2歳半の猫は
なぜか見るほど可愛くなってしまう。

一緒に生活すると、憎しいものも、体の一部になったみたいに
憎しむようがなく、
愛して、愛して
また愛する

怖がる猫はいつまでも怖がる。
怖がることでさえ、愛しく感じる

柔らかい毛の中に包まれて
ぬくもりが手から首の後ろまで伝える。
彼の気持ちも伝わったような
私も縮こまってベッドの中に、日が当たる屋根上に
愛する人の懐の中に、自分の思想がとろけて

悩まずに、あせずに
あたかもしんだように
静かに、安らいで、呼吸する

2007年5月8日火曜日

日中に対する思い

日中に対する思い


兪子豊
平成19年5月8日


私は中国の東北で生まれた。大学生になってから日本の名古屋に来た。


日本に来る前に、中国の学校教育及び家庭教育などから、私は日本についてきわめて
複雑な感情をもつようになった。日本の軍隊が私の故郷、瀋陽で事変を起こして、そ
こから中国の侵略戦争を発動した。毎年の9月18日の夜に、警笛が夜空に響いた。歴
史の教科書、戦争の映画、日本の軍国主義、中国同胞の虐殺、経済が世界の頂点に立
つ今の日本でも、靖国を参拝し続けている。その一方、軍人の日本人が上司にびんた
を張られても、掌の下に火をつけられても、じっとしていた姿が見られた。お父さん
によると、それは「武士道」精神、日本人は優秀な民族だ、忍ぶことで、礼儀と尊厳
を表している。お父さんはビジネスマンで、たくさんの日本の素晴らしいビジネスマ
ンが書いた本を読んできて、感銘を受けた。日本に留学しに行くなら、日本人の考え
方、日本人の身だしなみを勉強してこい、と強く申してくれた。


学校に入って、流行っているのは、日本の漫画、アニメ、ゲーム機、ゲームソフト。
そしてファッション、それから日本のドラマも入ってきた。「日本テレビドラマ黄金
の十年」云々。我々が使っている古いカラーテレビをはじめ、ラジカセ、ウォークマ
ン、フィルム、CD、デジカメ、ステレオ、化粧品、ヘッドホンまで日本のメーカだっ
た。日本の決起を不思議に思いながら、日本人民への感心や憧れが幼い心の中に満ち
ていた。


日本のアニメの主題歌が歌えることを自慢するように、一生懸命その歌の音を真似し
て、数えきれないほど何回もテープの後に復唱していた。しかしそれは逆に小学校の
友達に、「あいつが日本人だ、じゃなきゃなぜ日本語の歌が歌えんだ、悪い奴だ、売
国奴!」とか言われた。「そんな馬鹿な」と思って、一生懸命争ったが、どうにもな
らなかった。


国民感情が政治に利用されることは本当に悲しいことだった。


そして、日本人が中国で女郎買いしていたとか、日本で中国人の留学生がいじめられ
たなどの情報が何年おきに耳に入る。そして「抵制日貨」などのスローガンも耳に
入っていた。私はその環境で育っていたが、日本への抵抗感がそれほどなかった。普
通にスローガンを聞きながらも、そのまま漫画を読んだり、ゲームをしたりしてい
た。


しかし、本当に自分が留学して、海を渡って日本に来る時に、日本人がどんな人か真
面目に心配していました。真面目で、礼儀にこだわる日本人たちは、本当に中国人に
限っていじめたりするのでしょうか?


とうとう日本に来た時、日本の車の量、部屋と道の狭いスペース、店舗と町のきれい
さ、日本人の親切さなどに衝撃を受け続けていた。

若いから、事実を受け止めることも早かった。物価なども確かに中国よりはるかに高
いけれども、中国の物価にまだなじみのない青年の私にとって、日本円に換算して計
算したほうがわかりやすかった。


日本に来る前にあえて考えもしなかったのは、日本人が「日本がもうだめだ、中国に
追い越されてしまう」、「日本の若者はもうだめだ」、「日本が戦争に負けたか
ら・・・」、「日本は島国だから・・・」をいつも口にする。

そして、チームワークが素晴らしい一方、生活が楽しそう、遊んで楽しそうに見える
人が何か月探しても、どうも見つからなかった。

日本人は感情を隠すことが上手だと聞いたが、なんかこの社会がネガティブは雰囲気
が漂っている気がしてきた。


こんなに世界多数の国の人々にあこがれている日本というのは、技術が進歩している
一方、「日本人には発想力がない」などの不満が多い、「戦後の教育でわれわれが悪
いと思わせることがあった」とコーントロールされたと訴える、「我々は昔国のため
に頑張ってきたのに、今の若者は…」と他人事をいう、「北朝鮮が戦ってくる…」と
怖がる政治家、「ストレスがたまる」と不幸な顔をしている人々…。

この国どうなっているのだ?素晴らしいものをなぜなくそうとしているのでしょう
か?日本は精神で築かれている国だ。中国なんてその精神がないから、いろんな意味
で愛国教育を行われてきた。日本は昔から自然を愛する、待つ、耐える、感じる、空
気を読む、桜が散る時を歌う、人が死ぬ際を唱える。建前を愛して、迷惑をかけない
で、気で生きる、魂で生きる、男で生きる。そんな素晴らしいことが、今にイライラ
している人々の前に飛び散りそうになっている。


日中国交の歴史を見れば、1972年田中首相訪中からではなくて、その約2000年前の紀
元1世紀の弥生時代からなのであった。もちろん、領土などにまつわる紛争が何回も
あったが、文化の交流、貿易の展開、民間の友好が途切れることがなかった。中国人
にとって日本が親しいのは、漢字だけではなくて、根底にある文化が同質であるから
だ。古墳文化のとき日本に伝来した漢字、飛鳥、白鳳時代に渡来した仏教、建築技術
者、仏典、制度、文学、律令、文物、芸術、思想、詩など、平安後期から貨幣、金融
システム、絹織物、陶磁器などの輸入が盛んでいた。日本が世界に誇る芸術の諸々が
中国でも同根のものがある。陶芸、折り紙、茶道、拳法、座禅、書道などが挙げられ
る。


近代になっても、ひどい戦争があったにも関わらず、両国の人民の友好の歩み寄りが
とどまらなかった。温家宝総理4月の訪日「日中共同プレス」を発表、中国への短期
旅行がビザなしでも行けるようになった今年、国交正常化35周年の節にもあって、こ
れからの日中友好が一層深まりそうに感じている。


私は日本が好きだ。「中国が嫌い!」という日本人を除いて、日本のすべてが私に
とって、親のように、兄弟のように、子供のように感じられる。名古屋は私の第二の
故郷だ。ここから私は成人し、ここから私は社会に入り、ここから失敗し、ここから
立ち直る。この少ない3年間桜咲く、紅葉散りを経て、借りた恩がもう一生かけても
返しきれない。


このちっぽけな私を日本人の友達、長上が見守ってくれて、成長をともに喜んでくれ
て、失敗を慰めてくれた。彼らなしで私はここまで歩めなかったと思う。平和の大使
になって、日本と中国この二つ兄弟みたいな国を千代の友好を保てるように努力して
いきたい。

2007年5月1日火曜日

何かを失い、何かを得る

いつも何かをなくしたときに、そのために、得られたものがあるではないかと
自分を慰めようとする。


それは太古から変わらないことだと信じている。
陰と陽が必ずある。
心理的だけかもしれないが、
視力をなくした人たちが、格段優れた聴力をもつようになる。


老子曰く:物極必反。
すなわち、物事が極端まで行きすぎると、逆の状態になりがちである。

昔々から、東方文明のエッセンスには、「度合」というものがある。
すぐれることにも、度がある。興奮することも適度でやめるべき。

我々は、世界の究極の答えを追い続けている何千年の末に、
世間の変わるもの、変わらないものを見極め、
なるほど、バランスを取ることが、自然界の秘密であったね。
人間でも、人間の社会でもそのようなバランスを崩してはならない。


座禅の先生がこう言うのだ、勇気がいつもだたしいわけではない。
「勇気」(Courage)なんてききがいい言葉だ。
「恐怖」「卑怯」に対抗する心境ではないでしょうか?

自分の心に従え、感じているものに従え。
こんな教えを何度も聞いたことがあった。
私はそれに従うかどうかというと、たぶんしないでしょう。

人間の心境が信頼するものではないのだ。
一時間前考えたことが、些細なトラブルで変えられ
もともと愛すると考える人が、なぜか確定できなくなった。

人間は思考ができる動物だ。
思想がわれわれを神に導いている。
私たちの精神を清めてくれる。
しかし、動物として、我々は寝ることが必要だし
生きていくための食糧、着替え、頭の上の屋根
周りにいる人々が必要となるのだ。

「自分を許して」と言ったらへんかもしれませんが。
諦めるには、勇気が必要であることは確かであろう。



何かを失うことで、得るものを考える反面、
何かを得ることで、常に何かを失っているのではないでしょうか??

勉強のカーブとは、わかりにくいものだ。
できるできないの境目はわからない。

探し続けることは私たちの人生だって
そうかもしれないね~。

勇気を借りる

勇気は生み出すもんではなく、与えたり、もらったりするものです。
何回も、何回も取り残されてくじけても、幾度も、幾度も苦しんで悩んでも、
立ち上げられるのは、何かの魔法を使うことができたからでしょうか

違いますね。
素晴らしい未来へのあこがれ、愛しい娘たち、恋しいふるさとのお母さん、
育ってくれた師匠、手伝ってくれた友達、失敗するときにもそばにいてくれたあの人、
その涙と、笑顔と、わくわくどきどきする日々、泣き明かす日々
私たちの「魔法」になるものだ。


ひとつ初対面の人に聞きたいことがある。
「あなたが確信していることは何ですか」(What are you sure about?)


映画≪The Family Man≫2000の中で、Jackが自分の人生がお金持ちになって、自分の価値を最大限にすることができて(会社のPresidentになった)、歴史上の最大のM&Aを企画している人間として、人生の歩み方に絶対の確信を持っていた。
ちょうどその時、大学時代の結婚する計画までたてた彼女から電話があったと聞いた。恋をしていた彼は、キャリアのために、彼女の愛をアメリカに残して、ロンドンに飛んで、世界の大銀行でインターンをすることを選んだ。彼自身もいいチョイスだったと思っている。
しかしながら、夜であった黒人の男性を助けようとしたJackが、夢の中で強制的にもう一つの選択(ロンドンに行かなかった)ことを体験させられた。(Glimpse)
夢の中で、彼は自分のままにいるが、もう一つの選択肢の彼を演じなければいけなかった。二人の子供の最愛のお父さんで、大学のSweetHeartのKateと結婚して13年、愛しない日が一日もなかった("For the last 13 years, I never stoped loving you!!")。
キャリアに確信を持っていた彼が、毎日不安定な日々を送っていて、残り133回返済のある郊外のお家に住んで、タイヤの小売のセールスマンとして、毎日前と値段の二桁違う服を着て、子供の世話と友達家族とのパーティー、雑談が大部分の時間を占めている。金持ちだった彼にとって、空港で見送るときに彼をロンドンに生かせないKateが、彼の生活をめちゃくちゃにした。
Kateとけんかして、いろいろ話もしているうちに、Kateが一番確信しているのは、幸せな家族だった。二人がその赤い壁、煙突暖炉、大きい庭のおうちで、顔がしわしわまでずっと住んでいて、娘たちが時々見に来て、Jackが庭の台を建て直しで、セメントを塗っていて、Kateが暖炉のそばであったかいコーヒーを飲んだり、本を読んだり、セーターを作ったり。毎日愛して、愛されて、愛し合っている生活が人生の確信だと。そのために、お金、都市の繁華、栄誉、すべての物を放棄してもいいのだと。
Jackが感動した。いい夫、いいお父さんとして働き始めた。
Glimpseが終わる時に、終わってほしくない思いが胸にいっぱいだった。
次の日の朝目が覚めて、自分の人生の確信しているものは確信できなくなってきた。そして、Kateを一生懸命探して、変えようがない運命を変えようとした。パリに行こうとしているKateを空港で止めることに成功した。(I don't know what our lives would like, I choose us.)
それが、映画の終わり。

私が確信しているのは、私の力で、私の人生が変わることだ。
だから私は努力し続け、私はくじけない、私は私でいられる。
「まだ遠く見えなくても 一歩づつ、ただそれだけで信じてゆこう。」←歌詞

2007年4月29日日曜日

It feels good!

I don't know much English words, I don't speak English like I am home,
I don't read heartbreaking poem, I don't sing gorgeous songs,
I don't even live cozy enough.

I just saw some movie, ate some snack,
and I swang my head, "Hey! the thing don't hurt any more!"

I don't know how to express the feeling,
I just say, "It feels good."

ITSOのためにデータを整理しよう

これから、セミナをする。
けど、そのための資料がまったくない。

友達にも頼んで、先生にも頼んで、
いろいろやるけれども、やっぱり自分がしっかりしないと、いけない。

これから、資料をしっかりと整理しよう。

病気から気付いたこと 

病気が治り、何のためか鳥のような自由な気持ちに戻った。
学校に行くときに、歌を歌い、手足を空中で振り回した。

二日前の重い考え方があった自分が不思議。
世界の素晴らしさを感じるには、どうも健康な身が必要だね。

人間が神であり、化け物であり、獣でもある。
私たちは何のために生きているかによって変わっていく。
さんざんがんばってきても、認められないと、落ち込んだり、
少し努力しただけで、褒められ、自分のセンスに自慢したり。

最近気づいたのは、人間のばかばかしいところが多いことだ。
愛しているかどうかを探るとか、自分の好きなことが見つからないとか
なんて馬鹿な人たちだ!

それはただ、自信がないのではないでしょうか?
集中して仕事をして、認められるようになればいいじゃないか?

7つの習慣の中で、Covey教授がこう言いました。
「Love is a verb」=愛するは動詞だ。
感情があるかどうかを探すことよりは、愛することがご飯を食べる、学校に行くことと同じように、
自分がご飯を食べているか、食べていないか、学校に行っているか、行っていないかを迷うことがないだろうが、なぜ、愛することで迷うのだろう。

人生に関しても、同じだ。
何かをやる前に、いつも「適性」と称して、自分がやるかどうかを迷う。
そんなエネルギーがあれば、もう少し仕事をやって、しっかりと考えることで、周りの人に認めてくれれば、自然に自己エスティームが高くなり、自分からもその仕事を認めることになるだろう。
その時に「ここに適しているのだ!」と悟る人々が、なんだか悲しく思う。

そもそも、自分の努力で変えられるいわゆる「適性」に、人生が左右されるのが、ばかばかしい。

2007年4月28日土曜日

WORDS

夜、
私を沈ませる。

痛さと苦しさの中で、
軍人は何のたよって、生きてきたのだろう?
生きるためにの苦しさ、
はたしてそれが付き物だろうか?

パソコンのスクリーンを見つめて、
目がだるくて、頭が痛い。
強制でやらされる私たち、
馬鹿みたい。

軍人がこう言った。
すさまじいの戦場を経験しないと、今の強い彼らが存在しない。
船長がこう言った。
嵐過ぎの海面でないところで見たのは、真の虹とは言えない。

みんなが死ぬ前にやさしくなることはその理由か…

------------------------------------------------

最近、ITSO(Internation Talent Support Organizaiton)のために
毎日が忙しい。
研究室も毎日ミニマム(Minimum)の実験で、毎日行かなければいけない。

いつも、忙しい日々を送るの、一番いいことだと思っている。
最近もやっと、スケジュール通りにできるようになった。
まだまだ、昔の癖がありますが、進歩は肯定しなければいけない。
これで、自信がある程度戻ってきていた。

研究室で、人を笑わせるためでもあるが、いろいろものを弄って、
ばかみたいな行動をついにするようになってしまいました。
でも、日本での児童時代がないので、話題が合わないのだ。

この間、つまらないメールをお茶代担当に送ったら、
コ・・さんに「これをSTUFFメールに送ったら、BLOGとか、みんなに見られるよ。」
隣の人たちにも「早くやばいものを削除しなければ…」「研究室の文句など…」

別に、最近書いてなくて、文句も全然書いたことがなかった。
人格について、私は自信があります。屑の人間ではないのだ。

忙しい毎日を送っているうちに、自分の心が常に荒っていることに気がついた。
これはやばい。
ちょうど、このときに、
風邪気味になった。
(^~^!)

2007年4月27日金曜日

ソフトバンク

ソフトバンク

値段が本当に高いね。
ご契約電話番号 : 090-********

ご利用状況の照会


2007年4月分4,889円
2007年3月分7,109円
2007年2月分14,283円

「請求金額照会」では、毎月のご請求金額合計を過去3ヶ月分ご案内しています。
請求書単位での照会となります。

こんなに高いと思わなかったわ。
これはだまされたね。今月も、今見たら

ご契約電話番号 : 090-********

ご利用状況の照会

2007年4月11日~2007年4月26日
■ご利用料金プラン
ホワイトプラン(Wホワイト付き)
音声通話料60円
メール通信料0円
パケット通信料5,005円

「当月料金照会」では、当月分の概算ご利用金額(基本料金・割引サービス定額料・オプション月額利用料等を除く)をご案内しています。
あくまで各種割引サービス適用前の概算ご利用金額であり、実際の請求金額とは異なりますのでご注意ください。
プライオリティサポートの通話料は、割引後の料金となります。
ご使用されている携帯電話機のみの照会となります。
国際S!メール(国際メール利用料)およびSKYFAXご利用料金は含まれませんのでご注意ください。

これはたまらん。

2007年4月24日火曜日

第5回UNCRDスタディキャンプグループ報告書

第5回UNCRDスタディキャンプグループ報告書

兪子豊
平成19年4月24日
名古屋大学

私たちのグループはグループ4の「人間の価値観とグローバル化」です。

有本真琴、小島孝太、須山哲、堀田奈津子、兪子豊の5人のメンバーです。


一日目の夜、グループ3の「コミュニケーションと人間の価値観」と合流して、「玄
派」と呼んで、人間の価値観が大切であると相手の「タカ派」と弁論する準備をしま
した。


二日目の夜、高橋漠さんがアドバイザーとして、私たちは「日本人の価値観と幸せ」
について徹夜討論をしました。


二日目の昼の弁論会で、私たちは、「持続可能は開発のために、先進国は消費を減ら
さなければいけない」弁論中の論点と概念が今一だったので、向こうの技術の論点に
勝ることができませんでしたが、論争中のわれわれは、攻撃のほうがとても積極的
で、相手の弱点を探し出したと思います。しかし、その弱点に対して、問い詰めるこ
ともできなかったし、最後に明確にすることに対してもかけている。これは、私たち
が相手の論点を十分に理解していないことであるかと考えています。私たち自分が守
る論点も、メンバーの全員が理解できたとは言えませんので、団結で相手との攻防を
対処することができませんでした。


三日目のグループ発表は、評価されなかったけれど、私たちは、グループ討論のとき
に、すごく盛り上がって、日本の歴史と、3代の日本人が同時にいる場を作って、そ
れぞれの意見を出し合って、すぐ見えるその段差と、時代の変化が私たちの心を震え
させました。こんな日本の時代の激変と、人の考え方の激変がもたらしたもの、私た
ちが推測したのは、社会の適性と個人の適性が合わないということでした。質問形式
で観客に考えてもらうことも少しチャレンジャー精神を踏まえて、やってみました。
私は場づくりの経験が欠けているので、うまくみんなの心をつかめなかった。それに
しても、みんなが積極的に考えていて、点数には入らないが、私たちは十分満足して
いました。


いくつかの私たちのグループの輝く点を分析したいと思います。


私たちが、チャレンジングセッションの準備の時に、グループ分けして、私たちの論
拠と、相手側の弱点&自分の弱点を探しました。グループ4は主に弱点を探す作業に参
加しました。

相手がどんな反撃をするのかを予想して、その防備の力をつけました。

次の日にやっぱり同じような質問が相手に出されて、準備として成功しました。

私たちが、グループ討論の時に、ホワイトボードを利用して、意見をまず、自由に出
し合って、発表のコアを決めようとしました。


漠先生のリソース・プレゼンテーションの中の「マイノリティー」について、考えま
した。少数民族か、先住民か、それとも社会の中の個人個人なのか。グローバル化に
よって、彼らの生活が変わります。いい方向に変わるだろうか、それとも、文化が消
える危機に陥ることになるのだろうか?

漠先生によって、グローバル化というのは、「移動」なんです。人、情報、金、も
の、ウイルス、価値観、それに宗教などいろいろなものが世界中飛びまわしていま
す。それに、スピードが近年とても速いのです。Borderlessということなのでしょう
ね。

次に多様性が、どこがいいなのかを考えました。ウイルスがアメリカ人によって、イ
ンディアに運ばれて、現地の人が病気で死んだ話も出てきましたし、防災するのに、
情報を有効に利用することができることも挙げられました。

ブータンのグローバル化による「不幸」となり、一方日本がグローバル化によって
「幸せ」になった。

一概に言えない「国際化」が国に何を持ってきましたでしょう?国のボーダレスが進
んでいるが、「国」があるのでやっぱりグローバル化はできないじゃないかという考
え方もありました。


それでは、日本が、グローバル化によって、本当に幸せになったのだろうか?

物質豊かな日本における、大勢の人が「疲れる、時間がなくなる」という。昔の人は
物質はそれほどないけど、幸せと考える人がたくさんいるのでは?やはり、「幸せ」
というのは「満足感」なんでしょう。

満足感が時間とともに、環境とともに変化するものです。自殺率上昇と欠如感などを
解決する糸口はどこにあるのでしょうか。宗教で認められたこと義務などを実行して
いる人たちがいます。彼らにとって、幸せとは何でしょうか?

日本では、信じられていて、決められた価値観がなさすぎるという指摘があります。
それに対して、海外にいる日本人がコミュニティを作って、文化を保存する努力をす
る人もいます。グローバル化の中で、柔軟性を持っている一方、コミュニティの中で
アイデンティティを保存することはできると思います。

ほかに、グローバル化による総合作用により、新しい価値観と価値が生まれるケース
が少なくありません。私たちはその「新世代」なのでしょうか。グローバル化の流れ
に流される文化なのかが考え直すべきことです。


日本の歴史を見て、いろいろわかってきます。日本は、急にすべての国民の価値観が
急に変わることが何度もありました。

国のために命を捨てて戦う戦争機械たちと、企業のために過労死まで働く企業戦士た
ち、バブル期にぜいたくな生活を送る金持と、今の若者の個人主義まで発展してきた
のです。

社会のニーズにこたえ続ける国民だとわたしは認識しています。

しかし、今に日本には何が必要でしょうか?物質豊かで、教育も困らなくて、国際地
位は欧米と並みする今日の日本には、国のためにすることは少なくなりました。

個人主義がいいと思う人がいます。自分の幸せのために働いて、自分の家庭を作っ
て、毎日楽しく過ごすことが、人生の意義だと思う人は少なくありません。

一方、集団主義が絶対だと考える人がいます。団体の中で、自分の意思決定をする必
要もなくて、楽ではないか;団体のために働くことが、自分にとって最高の喜びだ
と;そして、みんなが楽しいことは、ひとりが楽しいことよりずっといいことだと思
う人が日本では、個人主義の人よりもずっと多いではないでしょうか。


しかし私たちは、その中の矛盾点を見つけ出しました。

それは、両者が同時に満たす場合がありますが、両者が必ず、一致しないことが現代
の社会で起こっています。

たとえば、残業の時に、自分が残業したいではなくて、上司が帰らないので、自分も
変えられないと思っている人が多いです。こんな毎日が送っていくと、当然社会の制
度か、上司に不満を持つようになるのです。そうならなくても、ストレスがたまっ
て、うつ病になって、正常な生活が送られないようになります。


それで、個人個人の頭の中の「個人主義」と「団体主義」の定義によって、私たちの
議論を見る目もかなり変わります。(これをきちんと説明していなかったので、反省
しています)

社会の制限があって、私たちは好きなことができなくなるという社会問題に対して、
団体主義は、個人の選択を抑えてしまったことです。すなわち、私たちは個人の選択
ができなくなるということです。どれほど自分の思いをしても、結局団体の決定に従
わなければいけないので、無駄です。

この考え方の中で、個人主義は「勝手な行動をする」ことになりますが、集団主義は
「勝手な行動を最小限にする」ことになります。

見方を変えると、個人主義は「思うどおりに行動する自由」ことになりますが、集団
主義は「自由を制限する」ことになります。


社会の中では、この両者の共存は可能でしょうが、ひとりの個体の中の価値観は、両
者の共存があり得ないと考えました。特に特定な意思決定をするときに、自分がどん
な思いをするかが、矛盾していたら、不幸になることは間違いないです。


もう少し「個人主義」の立場から深く考えると、「団体主義」が、「自分での決定
権」を奪ったものになります。私たち討論の時に、みんながそれに賛成しました。す
なわち、今の情報があふれる社会で、若者にとって、「個人主義」というものが考え
方の中に、多少入っています。資本主義の「自己責任」に関しても、その考え方を受
け入れられなければ、現代のお金で運営している社会で生きていけないのです。


すなわち、自分で決定権を持とうとしている若者たちに、「団体の利益を最高に」
「団体のための自己犠牲」というのは、まだ近代社会の協和に謎恋が残っている人た
ちが謳えるだけで、若者を迷わせるだけではないでしょうか。


日本では、個体の中で、価値観を統一しなければいけないと思いました。

そもそもボーダレスの日本は、ずっとそのあやふやさを持って、人生の道の選択肢が
どんどん増える若者は遠く行けないではないかという意見もありました。


「持続可能な社会」には、環境、資源とエネルギーだけではなくて、私たちは、次世
代に一番いい思想を残さなければいけないのです。しかし、次世代が新しい思想を作
り続けています。もっと社会に適した思想かどうかはわかりませんが、一つ言えるの
は、グローバル化は、多様性を減らすこともありますが、もっと多い場合は、私たち
により多く選択肢をもたらしてきました。このチャンスを生かし、日本人特有の「柔
軟さ」も生かし、これからどんな「主義」でも、若者が幸せになる日が来ると考えて
います。


以上 第4グループ 「人間の価値観とグローバル化」のレポートです

過不足、及び間違いがあれば、ぜひ私たちにご批評ください!


大変お世話になりました、私が第4グループ 「人間の価値観とグローバル化」のメ
ンバー5人を代表して、UNCRDのスタッフと講師のタカさんと玄さんとアドバイザーの
4人とファシリテーターの4人とボランティアの皆さんに感謝を申し上げます。ありが
とうございました。

2007年4月23日月曜日

第5回UNCRDスタディキャンプ報告書

第5回UNCRDスタディキャンプ報告書


兪子豊

平成19年4月23日 
名大


第5回UNCRDスタディキャンプ[持続可能な開発にむけて〜人間の幸福、地球の限界」
(3月16日-18日:愛知県) と 第6回UNCRDセミナー「地球温暖化への国際的対応と持続
可能な地域社会(講師:平石尹彦)」(3月15日:名古屋) に参加しました。


大変お勉強になりました。

最初のオープンニングレクチャーから、最後の証書の授与まで勉強と討論の雰囲気が
あふれていて、とてもよかったです。私としては、その前JASSOの「地球家族セミ
ナー」に参加して、それが結構休みの時間があって、友達作りの雰囲気だったので
す。今度もそうなるかと思いまして、前日は名大の新生の歓迎に徹夜カラオケに行き
ました。予想外の連続寝不足と大変頭を使う「重脳力」活動に加わって、私は活動の
形式に少なからず不満を持っていました。そうなんなら2日ではなくて、4日にすれば
いいじゃないでしょうかと思いました。


地球温暖化の現状、科学技術と道徳意識のバランス、持続可能な発展の行き着く先に
ついて、大変脳細胞を使いました。
私は、平石先生の話を聞いて、新しい知識をたくさん得ました。

地球温暖化が進んでいることと、技術でもうその解決策が大体出されているが、資金
の問題などで、なかなか実施がされていないことも明らかにわかりました。

大井先生の話の中で、アメリカが宗教の国家ってことは全然知らなかったわけです。

私たちは、信じていることの少なさも事実であることに驚きました。本当に、地球が
これで滅びることが、私たちの心の問題なのか。これは私にとって、新しい考え方で
す。面接の時も、私が「滅びない派」にたったのは、人類がこんなに知恵を持ってい
る生物で、当然なことで、自分の手で、自分たちを末路まで追い詰める何て、考えら
れないと思いました。


このキャンプで、ずっと頭から離れなかった考え方が、私達で、運命を変えられるか
どうかということについて、変えられないという意見に対して、私は心の底から、多
大な反発を感じました。私は自分の運命を変えるために、起業家になりたいという願
望がとても強いのです。私が努力することで、私と周りの人の人生がもっと良くなる
ことを固く信じているからです。それで、私たち人類が、地球温暖化で、全員しなな
ければいけないというのなら、国連の研究も、私たちの努力は、要らないではないか
と、今も考えています。

その「閉鎖系、開放系」という考え方に至っては、たくさん知識を得ました。今の議
論がみんな地球をベースにしているのですが、日本がまだ島国だから、閉鎖の考え方
が日本人に適用できるという考え方がどうも受け入れられないのです。島田からどう
だろう?私は島だから、ほかの大陸よりも、ほかの国との貿易と交流がもっと身近に
感じるではないか。日本の国際交流活動と外国人に対する重視度が私の母国中国より
も、ずっと高いです。日本の技術も、文化も、思想も、少なからず、外国から入って
きたものがあります。日本人がまねることが上手っていうことが、普遍に国際社会で
認識されています。


一歩進んで、地球を考えると、確かに、閉鎖系かもしれない。今まで、ほかに人類の
生存に適した「第2の地球」がまだ発現されていないことが、可能性を否定すること
ができないが、滅びるまで見つけることが出来ないのかもしれない。「閉鎖系」な
ら、私たちは節約して、団体で一人一人に平均分配して、仲良くして(平和で)生き
ていく必要があるかって言ったら、私は又、そこがさようでもないと思います。


日本の社会が「希望格差社会」、「学生の意欲がない」、「発想力がない」と言われ
ています。これは私たち外国人からいってのではなく、日本人が言ったものです。私
は同意するか、まだ自分の国の学生の実態がわかりませんので、判断しにくいのです
が、日本の学生だけみると、確かに、努力はしているのですが、自分のために努力を
する人はすくないことが確かに感じられます。日本の少子化社会の上に、就職に熱意
のない学生と、すぐやめてしまう学生が増える一方です。この節に、日本の子供が
「外国の子供に負けてしまう。」と発言する人も出ました。「国際競争力」はアメリ
カの経済モデルから来たもので、日本の「自然で」「仲良く」というのは、相反する
ものです。一つ変だと思うのは、日本人が日本の中で「仲良く」をして、外国に対し
て、逆に「脅威を感じる」。とても自己保護の姿勢に入ってしまう。「日本にはなれ
る」ことに対しても、「人が適する場所と環境がある」と主張して、最初からその可
能性をひてしてしまったのです。私はそれがよくないのです。日本の中に平和があっ
ても、周りの国と仲良くしないと、平和が訪れないのです。そのために、「北朝鮮が
危ないぞ」「中国が大きくなったら、日本を侵略してしまう」「アメリカが日本を利
用としている」「日本がテロリストにやられてしまう」…こんな態度で友達と付き
合ったら、友達がみんな自分から疎遠してしまうことになります。国に対しても、同
じことがいえます。

利益があるかどうか、土地を奪うなどの問題だけではないのです。

北朝鮮が中国を攻撃することがあるかと中国人に聞いたら、たぶん信じている人がい
ないです。それは、信頼と国民感情があるからです。感情がなくて、お金だけで援助
をしても無駄です。


弁論は私たちにとって、思考と活動力の鍛えるチャンスだった。


そのチャンスをきちんと発揮できなかったです。もっと時間があって、そして資料を
調べることができるなら、私たちはもっとしっかりとした結論と弁論を見せることが
できました。欲張っていろいろやっても、身につけることが限られています。それよ
り、記憶にしっかり残るような友達を作ることができることを望んでいます。


私たちの論題「持続可能は開発のために、先進国は消費を減らさなければいけない」
なのです。3R 運動で明らかにしているように、持続可能な開発のために、みんなが
ゴミを減らし、使用可能のごみを再利用する、そしてゴミを資源にする努力すること
が必要です。これらは、私たちの論点をバックアップしています。先生に、当たり前
の結論と言われましたけど、同じ命題ではないので、論証の意味があります。3Rと大
量消費を控える意味があるかどうかの議論ですね。(これで一つのアドバイスがあり
ますけど、論題を考えるのは楽しいですが、職員の作った論題のような議論しやすい
論題にならなければいけないのです。これに注意してコーディネータが動かなければ
いけないと思います。)


グループ発表の準備は、「なんでもいい」と言われたので、結論を出すにはとてもや
りにくいと思いました。結構楽しかったけど、雑談気味でやって、勉強になります
が、私たちが知っている実態(マイノリティと貧しい地区に関して)は少なさすぎま
す。高橋先生は少しずつ事実を加えっていただきましたが、でも大部分の時間は私た
ち自分で議論をしているだけで、事実がなしで、推測しているだけだった。それがな
いように、日本の歴史を見つめました。私はそれを見るほど、自分の価値観との衝突
を感じて、いろいろ個人主義の議題を出して、みんなもそれを聞いて、意見を出し
合って、最後出来上がったプレゼンになりました。


今回の小野川先生のやりたいことがわかります。「科学技術だけでは、地球を救うこ
とができないこと」ですね。私はそれがわかります。しかし、「グローバル化」と
「日本人の幸せ」を考えると、どうも、日本の固有観念が変えたほうがいいと思いま
した。ずっと外国人を受け入れることに違和感を持つと、グローバル化社会に遅れて
しまうからです。

勉強になりました。「最後の一言」で私が言ったように、私は日本をもう一回考え直
すことができました。将来、私は経済の発展に自分の力を注ぎたいのに、こんな論理
道徳の会議に来たら、「リスク」になるかもしれないのです。国連がどんなところさ
え知らなかった私にとって、自分が勉強できることをしっかり覚えようとしていまし
た。友達作りもできました。しかし、自分の「弱さ」がありますので、レポートを出
すことが遅れました。ご迷惑をおかけしました。
しっかり考えますと、私は「完全な日本人になろう」という努力が足りないのです。
なろうとしないのです。ゆえに、この社会になれないのです。もともと、もう4年く
らい日本にいるのだから、もう日本の社会に慣れました、とみんなに言いますが、20
年年上の先輩に言われました。「5年以上その国にいると、その国のことが初めて見
えてくるのだ」。私は信じていなかったのです。今考えてみれば、私は日本人とし
て、わずか3歳の子供だった。経歴もほかの留学生より多いと思いきや、日本人と比
べて、何の経歴にもなりません。社会はあなたを受け入れるように、あなたは社会を
受け入れなければいけないことを忘れてしまいました。


こんな私には、「個人主義がいい」というと、なんか変な感じが改めて感じました。
団体主義が完全に「選択ができない」と等しいわけでもないことが、だんだんわかる
ようになりました。国の角度から見て、磁石のように、みんなベクトルをそろったほ
うが、一番強い磁石を作ることが初めてできるのです。私のような人は、自分のこと
を批評する人も嫌うし、ほかの人と同じようになるのもいやな人は、ベクトルの一つ
と働かないのです。日本の社会で、ベクトルとして働かないと、「みんなのためにな
らない」「みんなに迷惑をかける」と見られてしまうことがあります。これは私に認
識があるのだが、中国の「個性がないといけない」教育と強く衝突してしまったので
す。


自分が強くなることが「みんなのためになる」か「みんなのためにならない」か。
私は、自分が弱いと、逆にみんなに迷惑をかけます。団体に頼らずに頑張って、強く
なったあと、団体を救い手になったほうがもっといい団体主義と思いました。これは
「日本の団体主義」と正反対だったですね。
みんなが誰も強くならなくて、弱い人を助けることが一番「理想な社会」という認識
がありますね。強い人を嫌うことは、自分がやられることが怖いではないでしょう
か。友達にならない人は、やっつけてしまうではないかという発想がないでしょう
か?


大勢ベクトルの一つになれない人は、ベクトルを導くリーダになることができるだろ
うか?
大久保さんに嫌われたわたしは、これを考え直しました。いまだに、答えが出ませ
ん。「学校教育」は、リーダの素質をなくす作業だと言われているけど、ゆえに、ベ
クトルになる人間が、逆にリーダになれないことを言っているのではないでしょう
か?

「持続可能な開発」を実現するためには、何が必要かを考えました。
私はほかのグループの発表を聞いて、内容が少ないと思いましたが(実際国連でしそ
うな議論が聞きたいので)、「貧困問題」、「コミュニティ作り」「技術のジレン
マ」などについて、私は普段あまり考えることがなかった課題ばかりなので、考えさ
せていただく機会になりました。


国がいま省エネ、新エネ技術を使わない現状だけど、使うとメリットがあるようにし
ないといけないです。そもそも、国ごとの問題ではないので、地球の利益を最高目標
とする組織を作って(国連でもいいですが)、国より高い意思決定権を持つ権限を与
えたほうがいいと思います。
グローバル化社会なので、国のグローバル化と国民のグローバル化で、実現できると
思います。今は難しいのですが、今ができるのは、そっちに向けて、社会の「地球の
ために」の意識を高めさせることと、自分からやり始めることですね。
タカさんの「エコーハウス」のように、モデルを作らなければいけない。そのうち
に、政策で、このような行動が奨励されることになると思います。


経済の新しいモデルを作ってもいいですね。

環境を破壊する費用がかかるなら、節約と新技術の適用が進むでしょう。
「2酸化炭素排出権」はそうですが、定量的に環境の破壊と資源の過量採取も定義し
なければいけないと思います。


これらは、もう議論になっているので、私たちは言う必要がないか、私たち学生と若
い社会人がその高いレベルの議論ができないと考えていらっしゃるのか、このキャン
プで、具体の対策の議論がほとんどしていなかったです。


まとめ

このキャンプは、自分のない部分を引き出し、経験としてはかけがえのない経験にな
りました。私の期待値が高すぎるかもしれませんが、それなりに不満もあります。自
分の不足の点も見えましたので、改善にがんばります。会の中、和やかな議論の雰囲
気ですが、私との価値観との衝突も多かった。新しい自分が生まれ始めたといっても
過言ではないです。その自分を大切にして、日本の社会に適すことができる一人前の
男になりたいです。

これから、私はもっと道徳意識を地球レベルまで上げるように頑張ります。自分から
初めて、「持続可能な開発」及び「人類の幸福」に関心を持ってやっていきたいので
す。将来の世界の担い手となる私たちの責任だと思います。

「技術のジレンマ」が発生しないように、技術者と指導者を育てます。

以上、私の発想と反省となります。 UNCRDの人々と参加する全員に感謝していま
す!!

2007年4月20日金曜日

2007年4月20日の報告

『役割の役割』

私は7つの習慣の3つ目の習慣に従って、自己管理に、スケジュールと自分の役割で、
しっかり自分の時間と大切なものを管理することに試みた。

役割:学生
役割:起業家
役割:息子
役割:親友
役割:ITSO会長
役割:5年後の自分へ責任
役割:自分を守る責任
役割:社会の憧れるモデル

8種類に分類した。
これらはすべて欠かせない私の役割です。
この世界で私がいないと、これらのことがうまくいかないのです。

これだけで、私の価値があります。
そして、私はこれらを果たすことで、自分の人生を良くするのです。

今日、宋さんの文章を読んで書いた感想のように、
人生には不確定な要素がある。もともと「八目」よんだのに、
いろいろ予想外なことが発生したら、人生が突然完璧から、台無しになるかもしれな
い。

わたしはそれがありうると思う。
なぜかというと、自殺、メンタル、引きこもり、殺人変態などがたくさんいるのだか
ら。
私は思わず、厳しい人生の道を選んだ。
この道で、困難はもちろん、誹謗、妨害、計略、攻撃などが必ずあると思う。
この道で、友達と戦友がいるが、敵と裏切りも必ずいないといけないね。

うまくいっていると思う。
前の、逃げたい気持ちが、だんだん薄くなってきた。

私は、今の仕事が好きでいられることが、素晴らしい能力だと思います。
≪日本の金持ち研究≫を読むと、自分の仕事が好きって言う素質が2番目に重視され
ている能力だった。

私はその素質をあまり重視していなかった。
その重視している3つの素質を読んで、全身の毛穴に一瞬電流が流れていた。
なるほど、私がそれまで、自分に何の素質が一番重要かが分からなかった。
学位でもなく、お金でもなく、権利でもなく、
※運動員のような健康な心身と、芸術家のような愛する気持と、政治家のような正直
な原則だった。

学校に遅れたりしている。
叱られても、大丈夫と思った。
私はこれから、欠点を直し、もっと日本の社会に適した人間になっていこう。

時間がないので。これで報告を終わらせよう。

宋さんの『傍目八目』感想

感想:

宋さんの『傍目八目』というのは、ほかの人の目から見る自分のことですね。
私が考えるには、そもそも物事を判断するには、ひとりひとりの物差しが違うので
す。
ものを判断するのは、冷静に行うことがもちろん大事です。しかし、おっしゃる通り
に、われわれは感情の動物です。われわれは物事をやるかやらないか、感情でやりた
いと思わないとやらないのです。いやいやながらやっても、効果がないはずです。

私は、自分の物差しで物事を判断すればいいと思います。
失敗を防ぐには、自分の物差しをもっと磨けばいいのです。

第3者の目、というのは、おそらく、ほかの人の目線、つまり物差しで測るときの結
果ですよね。
そもそも、それが第3者に直接聞かないと、自分で得られないものです。
そのいわゆる「第3者」がいればいいのですが、なかなか言えない事情など、本当に
冷静に判断してくれるかどうかが心配とか、逆に判断力が悪い方向に影響されること
もあり得ますね。

それなら、「やっぱり失敗が繰り返すではないか」という人がいるかもしれない。
私は同意できません。自分の物差しに、正しい基準がもってあればいいのです。
それは「原則」といわれるものなんです。

われわれに、絶対超えちゃいけないラインがそれぞれ持っています。
「法律を絶対破ってはいけない。」
「友達をどんな時でも裏切ってはいけない。」
「私の家族をひそかに加害する人は絶対許せない!」
 --とか、ありますよね。
それが我々の原則です。その原則を、もっとしっかりしたほうがいいのです。
たとえば、
「商売で我らも相手側もWinの関係を作らなければいけない。」と思ったら、
これが絶対執行しなければいけないのです。
感情的でも、絶対的にならなければいけないのです。

もちろん、固執の人たちもそんなんです。
ほかの人の意見を聞かないのです。
しかし、それがいいのです。自分が信じているものを最後までやり遂げることこそ、
われわれの真の生甲斐ではないでしょうか?

2007年3月26日月曜日

世界を変える

世界を変えるには、自分の国を変えなくてはいけない、
国を変えるには、自分の家族を変えなければいけない、
家族を変えるには、自分を変えなければいけない。

自分を変えれば、社会を変えることができるだろうか?

みんなが興味を持っていないなら、
何をすればいいでしょう?

たとえば、平和を作るのに興味を持たない人に、
平和がいいですよっていて、色々アピールすると
みんなが興味が持つようになるのでしょうか?

私はもともと、環境なり、平和なり、人権なりに興味を持っていなかった。
しかし、北川さんについて、色々セミナーに参加して、
だんだん興味を持つようになった。

一人を変える努力をすれば、みんなを変えることが出来るでしょうか?


何が私の人生になるのかを選ぶほど 大切な決定なので、
みんなが簡単に影響されないと思うけど、

社会を変えることが一人ひとりの責任であることを認識させたら、
自ら変えようとする人が自然に出てきてくるはずだよね。


私が出来ることというのは、普通は少ないと認識するけど、
人を集めて、乱れたベクトルをそろえさせれば、大きな力になると思う。

2007年3月24日土曜日

Change my mind

They all say we need money, we need to live through the tough life.
They all say we don't need to be harsh at ourselves, we don't need to be guity having desires.

何が人生の真諦なのか。
Should we not stick to our beliefs? Isn't that make us feel peace inside our heart?

私は東京に行かなかったら、自分の中に矛盾があって、迷いがあったことが知らなかっただろう。
小舅が私のことを大事にしてくれた。私さえ自分のことをそんなに大事にしていなかったのに…

大変ありがたいのは、私が分かっているつもりの人生が、
いろいろな分かれ道に迷わされた。

なぜ起業家になりたいのだ、なぜお金持ちになりたいのだ。と

私もわからなかった。
憧れる人を探すのに精いっぱいだった私が、なぜ憧れたことは一度も考えていなかった。



そうだね。   何のためでしょうか?

漠然とする気持ちが、自分の準備がきちんと整えていないことでしょうか?
それとも、所謂、自分がやりたい「起業」が、いったいどんなことかでさえ、心構えをしていないのか?

相談をした末に、自分が立派なGentalmanになりたい、ということがわかった。

どうしても、自分の人格を大きくしたいわけだ。


なら、どうすればいいの?

どんな人生を送りたいの?
どんな道を歩めばいいの?
どんな人たちと一緒にこの一度しかない人生を送るのか?

イメージがない。
プランがない。
さらに、それらを得ようとしていない。


ん~愛することで、豊かになりたいね。

2007年3月23日金曜日

なぜ悪いのか?(道徳意識についての随想)

日本の思想に、超えてはいけない制限が、思想の中になければ、世界が乱れる、という発想がある。
仏教には、欲を追求するのはよくないというのも、中心思想になっている。

「欲」の定義がよくわかりません。
「欲」というのは、目的を達成するための動力ではないでしょうか?
欲を抑えるではなくて、目的をもっと崇高なことにしなくてはいけないではないでしょうか?

人類の幸福とか、世界の平和とか。


私はこういったことでよく迷う。
なぜ、人がほかの人に害をするのでしょうか?

殺しあったり、侮辱を与えたりするのか?

何が崇高だと思うでしょうか?
私は、崇高というのは、もっと高い視点で、ものを見ることができるということだと認識する。

たとえば、
目の前の利益ではなくて、長期の利益がどうなるかを考える、
自分の存在ではなくて、家族の存在を追求する、
コミュニティの栄誉ではなくて、国の栄誉を求める、
民族の幸せではなくて、地球の幸せに目を向ける、
地球の全体がこれからどうなるのか、
時間と空間の極限はどこでしょうか、などを一生懸命考える。

評価されるには

評価されるには、120%の努力が必要だ と聞いた。

何をすればいいという問題ではなくて、
何を信条として今までやってきたのかが一番重要であろう。

ミスを怖がるのじゃなくて、信じているものを怠らなくて、勤勉にやっていくことですね。
(今日のPingballの高記録と 授業料の支払いと 履修に関する質問を事務に聞いたこと で感じたもの)

2007年3月21日水曜日

均衡ってなんだ?!-日本文化雑談

Balance、この素晴らしい単語の背後に一体ないが潜んでいるか?

暗闇に光、死に生き、絶望に希望、閉鎖に解放。
スタディキャンプの中で言えたのは、閉鎖系の思想が開放系の思想より、持続可能な開発を可能にする。
この世の中にそむくことができないことを信じて、基づいて生きていかなければいけない。

私自身は、閉鎖系ではなかった。
どうもその考え方が自然に思わない。

思想の根源を訪ねるのは必要があるかどうかはわからないが、あえてそれをやってみた。
スタディキャンプの中も、私のグループはもともとグローバル化と価値観の討論だったが、私は日本人の根底にある価値観が知りたかったので、その時も少し思想背後にあることを議論するベクトルとして働いてみた。

日本の歴史から見た日本人の中にある思想、これをはっきりしなければ、日本人の一億総中流社会、団体の協調性、新世代の幸せ感覚の欠如、団塊世代のこだわり、急変する社会思想、ニートと無気力、ルールと気持ち重視などを説明することができない。
私は今まで日本の社会を生きてきて、考えてきたと思うが、これでさえ日本の社会を十分理解できたとは言えない。
日本にあるユニークなものはありふれて、何が正しいかを追求することさえ無理のことになっている。


今日聞いたことにショックを受けた。
ジョは私のいい友達だ。社会知識が俺より十分豊かな人だと思う。医学を勉強していて、立派な人だ。

しかし今日、コからジョのアルバイトの話を聞いた。彼がアルバイトの時によく「さぼる」、というのは、いつもコンビニの仕事の中の一番大変なことをしていた。それが終わったら、すぐ店の後ろにくつろいで、雑誌を見ていた。コとほかのその店でアルバイトをしている友達も休憩などは取るが、何も不適当は感じないが、なぜかジョが休んでいるとはっきり「サボっている」とわかる。

一度、廃棄(凹んだり、傷ついたりしたカンの)コーヒーが誰かにのまれて、空き缶がそのまま店の裏に置いてあった。
店長のお母さんが来て、それを見た。「誰がこれを飲んだ?」と。しかし、誰も認めない。
店長がいろいろ疑って、コにも聞いた、「お前か?」。コが「違いますよ」と言ったら、「私も違うと思った」と返事してくれた。
しかし、ジョの場合は大分違った。店長が絶対彼だと思い、脅かしたりして、彼を認めさせようとした。
彼が認めなかったから、そのことがすっきりしないまま終わってしまった。

一定の時間がたってのある日。
店長が店に入って、冷蔵庫に入っているべきの肉まんが外に置いてあった。
店長が怒って、「なぜここにあるんだ?!」と。ジョがすぐ「私じゃない」と言い返した。
もう一人、日本人と一緒にアルバイトをしていた。その日本人がもう既に帰った。ジョが彼と仕事の仕分けをしたらしい。ジョがそれを出す仕事で、その日本人が冷蔵庫に入れる仕事をするはずだった。
この言い訳を聞いて、店長が怒らないはずはない。どこまで仕事を分けてやるんだ。
すでに喧嘩に発展して、ジョが店長の白目に耐えきれなくて、思いっきり叫び始めた。この前のコーヒーの事件のことも、そのほかのいろいろなことを店長に叫んでいた。泣きながらね。


私はジョの気持ちがわからないことがない。
なぜ一人だけいじめをして、些細なミスで大げさに取り上げるの?中国人だからやってんじゃないの?

という考え方は私の中にないわけでもない。私も最初日本に来た時にアルバイトでいろいろ挫折を経験したわけだ。
なぜそんなに挫折するかというと、日本と中国の考え方が違うのだ。

中国の平等と日本の平等が違う。
中国の個人主義と日本の個人主義が違う。

----------------------------------------------
人間がほかの動物にできないことができる、一番顕著なものは、言葉だ。
皮肉なことに、言葉自体、人間が十分にマスターしていない。抽象的な言葉に、いう人によって、いう場合によって意味が全然違う。具体的な言葉でさえ、時間の変化につれて、日々変化している。同じことを経験していても、人によって違うようにとらえている。


小舅の話によれば、一人のセールスマンが彼の家に訪ねてきた。
仲がいいから、いろいろ話をしたら、6時間も過ぎてしまいました。小舅が2度トイレに行った。しかしそのセールスマンが一度もトイレに行かなかった。

これがいい話か?どうなんだろう、と思ってしまう。
なぜそんなに我慢しているか、彼にしかわからないが、おそらく話をするうちに勝手な行動になるでしょう。相手を尊敬するのは当たり前のことだが、トイレにいかないことがそれを表明しているの?両立ができないだろうか?

同じ話で、残業がしたくなければ、帰られるのか?課長が帰らないので、帰られない。
本当にそうでしょうか?
みんなに、自分の真面目で、団体に貢献している姿を見せたいじゃないでしょうか?

日本では、自分で自分のことを世話する習慣がない。
団体が必ず見てくれるので、団体のために頑張ればいい。「勝手なこと」が絶対許されない。たとえ、それが団体のためになっているとしても。小辻さんの北九州市の話は聞いた。ほかのグループと交流して、自分のグループをより活発化させようとすることも、他人に内緒にしなければいけなかった。

逆の話を言うと、みんなが「勝手に行動するやつ」を見張っている。
その人がいなければ、「俺ら最高」の団体になるが、いるとしたら、まず変えようと努力する、出来なかったら、どうしてもその人を追い出さなければいけない。団体の一致性のために。
仕事ができない人に手を貸して、仕事のできるやつに、出る杭は打たれるぞ、と警告する。

だから、日本のホームレスが糖尿病になる。
だから、日本にリーダが少ない。
だから、日本の若者は新しい人生を求めようとはしない。(個性が発揮できないわけではなくて、目的という言葉が知らないわけだ。)
だから、日本で一番いい働き方は、何も考えずにみんなの後ろについていくことだ。

我々「人間の価値観とグローバル化」グループの「個人主義」、「全体主義」の定義が、個人で選べる権利を持っているか、いないかによって定義されている。私が討論の時に、優先順位の一位に、個人を置くか、団体を置くかと説明したが、違いました。やはり団体を選ぶこと自体が、選ぶ行動を行ったため、個人主義になってしまう。

--------------------------------------
ジョのアルバイトの話に戻ると、それが起こるのが自然の流れでも言えよう。

ジョが中国の固定観念を持っている。馬鹿な働き方はやめたほうがいい、自分のために何ができるかを考えたほうがいい。
だまされるなよ、世間が厳しいから。誰がお前のことを利用しようとしているか知らないよ。

防衛的な環境で育てられた彼にとって、団体に身を任せることが到底できないことなのだ。
それをしなくて、ただひたすら働いても、誰からも悪い評価が来ないはずだが、彼にはそれも難しいことだった。


中国の平等は、機会平等だ。誰でも起点がおなじ。日本は結果平等で、終わるところがおなじでなきゃ困る。

中国で、才能のある人は、短時間で仕事を終えたら、自由に行動してもだれにでも悪口は言われない。
同じ量の仕事を、その人が早くできるのに、お前がぐずぐずやって、遊べなかったのはお前自分の責任だ!という。

日本で、才能のある人でも、自分の仕事をしたら、他のできない人の世話をしなければいけない。
その行動も、ひそかにではないけど、外に出さないほうがいい。なぜかというと、一人だけきれていると表現したら、逆に悪い評価をもらってしまう。こつこつと頑張って、ひとつのミスも犯せない人が一番いい人と評価される。

きっと、ジョが大変な仕事をしたら、リラックスしてもいいと思った。しかし働かないと、日本にある平等が成り立たないわけだ。

団体主義なので、他の人の目を見なければいけない。

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日本では、「迷惑」という言葉をよく口にする。

「周りに迷惑をかけたくないから、ボケになりたくない」のは、日本のお年寄りたちの本音である。
「自分の行動の自由の阻害になるから、ボケになりたくない」というアメリカの年寄の考え方が、あまりにも日本と対称的だった。

「迷惑」は相手の考え次第「迷惑」であったり、「迷惑」でなくなったりする。
日本の「気持ち」重視であることが、私のような「結果」重視の人間にとって大変なことだった。

自分の幸せをいつでも探っても、相手にならない、いつでも変わる「気持ち」にたよることによって、果たして幸せが手に入るのか?

日本では、何か過ちがあれば、とにかく謝ればいいのである。
そうでなければ、団体に「気持ち」を表していないわけだ。

またくどい話に戻ると、ジョが肉まんの箱が冷蔵庫の外にあることを気付いたら、「私じゃない」ではなく、「ごめんなさい!」と大きく誤ったとしたら、店長がどう行動するでしょう。たぶん何の事もないように、ジョがそんなにいじめられた気分になっていなかったはずだね。

団体への配属感があれば、そんなに責任を分けて仕事をすることがなかっただろう。
こんな単純な日本の「ルール」がわからなくて、ジョが損をした。彼が大喧嘩したあと、「こんな店で働きたくない!」と宣言した。そしたら、店長が「ちょうどいい、あなたに働いてもらいたくない。」

どれほど頭が切れても、「場を読む」能力がなければ、立派な日本人にはなれない。
ほかの人の迷惑であることを知っていてもあえてやる人は、日本の社会に淘汰される。(ホリエ?)

--------------------------------------------
こんな時に、日本が「個人主義」だなんて、聞きたくない。

本当の個人主義だったら、日本で生きていけないくらい辛いはずだ。
団体に配慮をしない人は、いろんなところで挫折するから。

そんな人は、アメリカに行けばいい。
自分が「個人主義」と言っている人に考えてほしい。日本人であることを考えずに、アメリカ人などになることができるか?
私は、自分が中国人であることに束縛されたくない。中国に色んないいことがあるが、いろんな意味で悪い面もたくさんある。

貧困がみんなの目にうろこを張ってしまった。
物質的にも、精神的にも。
私は自分が中国人であることを誇りに思うが、いかにその中のいい面を取り出して、悪い面も認識できるように努力している。


過去がなしで今の私に成り立たないけど、過去の負担に圧倒されて、今からの人生を台無しにすることこそ、やってはいけないことだ。

「日本にいるなら、一回日本人になりきっていきろう」小舅の言葉だ。
感心した。
日本人の気持ちを理解せずに日本に何年居ても無駄である。日本で成功するはまず無理である。

私はいつも言う。私はむしろ日本の社会にもっと親しみを感じる。
19歳に中国を出た私は、中国社会に関する知識はほぼない。
このとき、日本の社会が私を洗脳した。
中国のような、民主もない、信頼感もない社会で生きるなんて、出来るもんか。なんて思った。

決して、悪いことではない。
自分の国をもっと正確に認識できただけだ。

小舅の話によって、中国人が洗脳されないのが得意である。
私は同意する。これはなかなかの能力だと思う。
日本は一方、ある時期に一斉に価値観の転換が求められる。

もともと「お国のために」が人生の意義だった時代から、急に「クリエーティブ」、「個性」を求めようとする。
間にもちろん、経済の成長(会社のために)、地域社会の繁栄(コミュニティのために)といったスローガンのような言葉がある。
日本が変なところで、人民がスローガンで簡単にコントロールされて、すぐその気になる。
まあ、これがなければ、高度成長期を迎えることがなかっただろう。

--------------------------------------------
私はいつでも、どれが「いい」、どれが「わるい」かをなるべく口にしないようにしている。
すべてのことが、「いい」と「悪い」で片づけられるものではない。我々はみんな、色眼鏡をかけている。
固有の価値観念で、他の価値観を評価することが、正確な評価が得られないのである。

日本の場合も、団体主義の優れた点がいっぱいある。
言わなくても通じることを大切にする民族だから。

しかし、美徳を行っているときに、なぜそれをしているかが分からなければ、本当にそれが続くのだろうか?
社会に要求されるならやる、社会に要求されないときはやらない。
これは、「本音」と「建前」の基礎ではないだろうか?

いつも、「個人」と「社会」が求めることが違っていてもいいでしょうか?
日本人の強さが、あいまいであっても、楽しく生きていけるところだ。
私なら、違和感を感じて、どっちかを変えようとしたくてならないだろう。

それが、日本人の幸せだと思う人もいる。
価値観が当然違うと考える人もいる。しかも、それが、OPEN-FORUM議論の一番強いチーム、先生たちのほうの論点だった。
それを、一番論理的な考え方だと思った。

内在な感情をずっと出さなくて、変態になり、ひきこもりになり、自殺になり、無気力になっているではないでしょうか?
普通の人でも、ストレスがたまって、社会問題として取り上げている国が日本のほかに珍しい。

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「目的意識」、「自主自立」を強調すれば、団体主義が成り立たなくなる時がある。

「クリエーティブ」を求めたら、「同調すること」を放棄すると同じ事だ。

「国際競争力」と「みんな平等」が同時に満たされることがないことも同然だ。

なぜ日本人がこれらを認めることができないだろう?
-----------------------------------------------

日本人には、バランス(均衡)という言葉を大事にしている。
中国もそうだ。

何でもいきすぎも良くない、いかないことも良くない。中間を求めたほうが人生の哲学となっている。(中庸って言葉だ)
儒教は上層階級の思想指針となっていた。上層階級がなぜ中庸か私はよくわからない。
すぐれることを恐れていたら、どうやってリーダができるのだ?

私がリーダになりたいと言って、大久保さんが最初に感心してくれた。
しかし、私が「個人主義」の立場を言い張ったら、彼が、「こんなリーダがほしくない」と言っていた。
最後別れる時に、「連絡くださいね」と言っても、彼は手の中にある名刺をくれないし、あやふやな態度をとっていた。
私は彼の気持ちがよくわからなかった。

まあ。個人を団体より大きく考える人なら、日本でリーダになれるわけがないと考える人が少なくないだろう。
私はその気持ちが理解できる。

リーダが団体の未来を一生懸命考えて、そのために自分の力を尽くさなければいけない。

これは本当に日本的な考え方だ。

----------------------------------------
日本の言葉には、いろいろ「気持ち」を表す言葉が混ざっている。
「一生懸命」だとか、「努力」だとか、「悩む」だとか、「怒る」だとか。

努力と簡単にその人のやっていることを片付ける傾向がとても強い。
その人がやった内容が逆に大切ではなくなる。
その人なりに、努力すればいいと。結果がどうなったって、精一杯頑張ったから。と

私から考えたら、馬鹿な人が一生頑張っても、頭がいい人の一年の成果と比べて、少ない可能性が十分にある。
ビル・ゲイツのようなひとがお金を集めて、そして貧しい人に寄付することと、ホームレスが自分の貧困を解決したことを比べればわかることだ。

がんばったら、何をしてもいいの?
サークルのパーティーで何もしなくて叱られたインドネシアの女性がいる。「何かやってよ」と。
やること自体が重視されている。

-----------------------------------------
さ、話がそれたが、均衡の話に戻ろう。

戦争と疫病が、世界の均衡を保つことに貢献していると考えるか?
持続可能な開発が出来なかったら、人間が絶滅して、世界がまた単細胞から発展して、もう一度繁栄のサイクルになると思うのか?
人間が死んでいたら、いつか次の人生にリサイクルされると思っているのか?
暗闇がなければ、光の意味がないと思うのか?

確かに、醜いことも、きれいといえるところがいっぱいある。
芸術の視点から見れば、思想を形にすれば、何でも芸術的だ。
言い方を変えて、醜いことがあるこそ、きれいなことが大事になる、ってことも言えよう。


しかし、世界のバランスを大事にするなら、光も肯定せねばいけないし、暗闇も肯定しなければいけない。
これは、結果平等主義の日本に合わないじゃないかと思う。
みんなが同じだったらいいという考え方が、世界の均衡を崩すベクトルではないでしょうか?

自然界のバランスのとり方が、生まれると死ぬのバランスである。
生きていく能力が備えなければ、なぜ生きていくことができるの?
一方、優れた能力を持っているなら、なぜそれを生かすことができるの?
日本の中流社会思想はこの二つの分類の人々を亡くした。バランスはどこから取るの?

「ゲト戦記」を見たら、日本の社会のバランスは取れていないことが明らかである。
中国が格差が激しい社会である。
生きることが保障されない社会で生きているのが怖い、いやだという人がいる。
簡単に保障されたので、若者の意欲が湧かないではないでしょうか?

若者の団体帰属意識も要求するし、自立の意識も要求すること自体が矛盾している。
混乱させる教育である。
この間もバランスを取ろうという話なら、私は一緒にしたい。
そもそも、相反することの間ってないわけだ。

たとえば、水と火の間の状態、生と死の間の状態。

袁葉さんの話の中に、日本の文化が「間」の文化と言っている、私は同意する。
何でも間(あいだ)、間(ま)にする。

生きているのに、死んでいる。これが今の若者の精神状態ではないでしょうか?
個人を求めたいが、団体の要求に従わなければいけない。

生活上、いつも団体に、意識決定を任せているのに、「投票の人が足りない」と言っている人に考えてほしい。

民主主義がアメリカから日本に渡されたもの。
その中に、個人レベルの意識決定が含まれている。選択の権利が個人主義の源である。

資本主義もそうである。
資本が個人のもので、なくしても、個人の自己責任である。社会に保障を求めること自体が、資本主義に反するものだ。

この中で、日本の団体主義がうまくやれるかの話である。
逆にいえば、日本で、アメリカの制度がいけるかが問うべきである。

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グローバル化世界で、日本の役割が欠かせない。

しかし、日本は矛盾の中で、価値観を統一できるかが問題である。
そのまま行くことが日本の唯一の道であると信じている人に忠告したい。与えたれたものすべてを飲み込むのじゃなくて、自分の選択権を使って、自分の人生を生きろ!

ひとりの中で価値観がいくつもあることが聞いたこともない。
価値観が、その人の信条であり、イスラム教徒だったら、キリストを信じることができない;平和を愛すれば、戦争を起こすことができないと同じである。

日本は独自の視点でアメリカの観点をもう一度考え直す機会を与えてくれる。

たとえば、個人主義なり、軍事産業立国なり、過大消費なり、過近代化(命の耐える速度)なり、反テロ戦争などいろいろ間違っているかもしれないことを指摘してくれる。
憲法9条のある国が平和議題の会議の議長国として勤めてくれるのが心強い。
残念なことに、日本はこういうところを失っていくばかりである。

世話と迷惑、配慮と遠慮、日本は人づきあいの中で、社会のありがたさを見出す。
中国もかつてそうだったが、いまや無遠慮の世間になった。

日本が自分の文化をなくしたら本当にもったいないことだ。
いつか「この世に本当の日本料理が無くなった」と言ったら、悲しいだろう。
素晴らしいことを維持することも世界の均衡に貢献できる。

Balanceの背後に何があるだろう。
日本は、均衡と混乱の間にバランスを探しているではないでしょうか?
そもそも、混乱をなくして、バランスのとれた社会にしませんか?

2007年3月8日木曜日

小舅と話す

これに超したことはない。

最高ですね。
人生がはっきり見えてくる。

1.目の前のことをきちんとやる。
2.右脳の練習(全体像)
3.試験の準備

2007年2月26日月曜日

今日(23日)は最高!

今日はやっぱり最高!

スケジュールはいっぱいなんだけど、楽しい。

今朝は、豊田市前山小学校に行った。
これは、第一のSurprise。本当に感動していた。

5年生の子供たちは、「さくら」の歌声で、私たちを迎えてくれた。
とてもきれいで、私たち、貴賓のような気分だった。
それは終わりではなかった。先生のピアノの伴奏と伴って、生徒たちは笛を吹き始めた。それもなかなかの曲だった。
私は感動で、どうしようもないうちに、生徒たちは、韓国の歌と中国の歌「ジャスミン」(MoLiHua)を歌った。国際交流なので、これに超したことがないと思った。

前と同じような紹介「プレゼン」が終わったら、5年1組の生徒につれ
られて、1組のクラスに入った。
みんなが私が来てすぐ、盛り上がっていた。なんでも叫んで、本当に心の底から温かい。

私は坐って、生徒たちのダンス(適当)、劇(赤頭巾ちゃん)(劇に一生懸命じゃないが、準備したようだ、そして楽しい)を見た。
これもなかなかなもんで、子供たちがこんなにできていることが驚きだった。今の子供についてなにも知らないな〜と自覚した。
子供たちは明るくて、元気で、なによりも私の心を支えてくれる。

似顔絵を書かれて、とてもはずかしかった。
6組に分かれて、1組に5人くらいいて、一人が輪郭、一人が目、一人は鼻、などとかいて、予想よりうまくなかった。(^^)

「昔の遊」びで、アヤトリ(翻縄)と鎚にボールを乗せるゲームをやった。「ドッジボール」も楽しかった。そして、給食を一緒に食べた。

分かれるときに、プレゼントされて、とてもいいプレゼントだった。
一人一人のプロフィール(写真入り)と気に入った場所に紹介、それとたくさんの折り紙。

それに、行く途中も、李碧絹さんと、章玉琳さんの友情を深めたし、帰る途中に、全鐘美さんとしゃべって、知り合った。

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このブログを書くのに、何日もかかったので、簡単にしよう。
フランスと日本の企業管理(とくに人事)の比較の会で、Emilieに出会った。
(なんでそんなに興奮したのか、わからないが(外国人とでもいい気持ちで知り合い、雑談できるから?)、とてもよかったのだ)

夜はまた安城市のNPO愛知ネットの会議に参加して、大いに勉強できた。
(これも刺激を受けて、家に帰る途中でずっとうれしかった。今でもその気持ちが覚えている)
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2007年2月22日木曜日

インターン7日目感想

初めて、携帯で打った「感想」は「乾燥」にならなかった。

インターンは私にとってなにかを総括した方が、今日にふさわしいでしょう。

まだいろいろ、わきまえているが、できていないことがたくさんある。
今日帰る前に、須賀部長とあいさつできなかったこともそうです。
インターンの研修で学んだことがほとんど使えない。

長い見学みたいな形式になったため、仕事はみることになってしまう。なにを報告したらいいかがわからない。
いつも私が家に帰るときに、須賀部長が会議に出ている。
どうしようもない。課長もそのときに、ほとんどの場合はいない。
挨拶すらできないのに、と思った。

人事の人との付き合いも、面接が終わったら途切れちゃって、聞いたら、出張している。また聞いたら、また出張している。
どうしようもない。ほかの人事の人に連絡しかない。
まあ、みんなが親切で、社員カードと出社のマグネットまで作ってくれて、これだけでも満足した。

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インターンは社会に入るため、私の勉強法の一つである。
研究はいかに行われているか、管理はどこまで届くのか、人事はなにを毎日やっているか、下で働いている従業員たちは、満足か、不満か、なにを考えているか?
みんなインターンをやらないとわかりにくいことだった。
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2007年2月16日金曜日

インターン5日目

休みをとって、来なくてもよかったけど。
勉強する機会をなくしたら損するので、会社に来たのだ。

今日も一日昨日と変わらない作業。
やってみたら、難しい部分もあった。
ロボットの動作をコントロールするが、先端の位置が変わらなくて、回転させるのはコマンドにある。しかし、そのコマンドを使ったら、必ず予想外の動作をもたらしてくる。ロボットの先端が止まっているわけではなく、円みたいなルートを描く。そんなことで、溶接したいデバイスによくぶつかる。ベテランがなにをしてそれを解決しているかはわからないが、私はいったん先端をデバイスの内部から出して、それから回転させ、また入れることをしている。
!手順がだんだん多くなって、プロセスとして、ロスが大きいと思う。

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仕事のもう一つ難しいのは、同じ作業を繰り返すので、うまく行っても、うまく行かなくても、だんだん興味をなくしてしまう。
興味がないのに、なんでやっとるの?って潜意識的に考えてしまう。
そのため、仕事上の情熱が消え、人間関係などがうまく行っているならまだいいかもしれないけど、少しきずなが崩れたら、大きな反発が生じてしまう。仕事上の悪い感情がある限り、効率のいい仕事にならないのだ。適当な会社ならいいけど、厳しいところなら追い出されてしまう。

解決するには、仕奉の精神と団体への帰属感が必要となる。

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人間は想像力無限のものだね。
夢って想像力の表現かもしれない。
夢のビジネスって、できないのかな。

春節の一日前

明日お姉さんに電話しよう。結婚の祝福の言葉はまだ言っていない。お母さんにも長い間連絡していない。

中国でにぎやかで春節を過ごす時期に、まだインターンをやっている。頭がどうかしていると思うかもしれないが、これは私の選択だ。

そうだ、TOEFL英検を受けなければいけないので、英語で書こうか?!多分辞書を引かなければいけないけど。

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Two of my rare meet friends came to my home yesterday.
One of them said she will pay the fee of the ski event I arranged.

It was late.
I came back from internship like 6:30. Then I went to university library . I can borrow books from the library again, now. I was not turning the books back for more then 3 months, and for that reason, I was not allowed to borrow books for a month after I return the books I am supposed to return 3 months before.
Then I went home, had a meal and listened to the '7 habits for highly effective people' audio sound track when playing computer game.

Then at that time, girls called.
I have to go to the covient store near my home to pick them up.
Shen Zhiwei should pay me when i was in the library today. But she when to shopping in oosu and came back like 9:30. She said she want to meet Toto, the cat i keep. The other girl, called Liu chang is my high school friend's mother's co-worker's daughter. She's afraid of cats. I don't konw what to say to her.

They stayed until it can't be later. Later than 12 o'clock.
They played with my cat, I transport the songs to their usb memory. They watched TV on my computer. I guess the reason the come is because they were boring.

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It is the 5 day of internship. I was in bed in the morning when I heard the arlarm. I thought about not coming. They mistook to put today as my out od work day. I was going to visit primary school today, the stup-- teacher put me out of the list. I told them the change but they didn't correct it.

To tell the truth, I was thinking of call and say I'm not coming today. But I have to meet the UFJ guys 15o'clock.

Something to lose is something to capture. I guess It's the new life to get with the lost of my sleeping time.(:P).

2007年2月15日木曜日

4日目の感想

情報化時代

今日午後の休憩時間に、会社の中を少し回ってきた。
工場がオフィスと同じビルにあるので、とても便利だと思う。
田舎なので、交通機関が少ないと、食事も不便である。
会社の中に値段の安い食堂と、高速のインターと近い点はあるので、ある程度困ることを解決するでしょう。

一つ注意したのは、パソコンなしのところは極めて少ないことである。管理、設計、プログラミング、機械の部品をつくるところもNCを使って、自動化、無人化を実現させる。
パソコンがないと、この人たちは、どのように仕事をするのか、想像がつかない。

この中、
1.ソフトウェアのトラブルで、仕事のしやすさ、進度は大変影響される。完ぺきなソフトは存在しないかもしれないけど、いつも欠陥を探して、見つけたら改善策を打ち出さなければいけない。

2.パソコンが100%信頼できるかというと、そうではないのだ。
そのための「デジタル警察」、「安全性評価」ビジネスは成長するでしょう。

3.自動化したら手間がかからないので、今人間がやっているパソコンを使った「単純作業」は、いつか全部パソコンでできるはず。資料の再編制、整理、図の作成、プレゼンの資料の選択&説明、入力の作業など。人口知能分野の突発で急進歩をなり遂げるでしょう。

4.ネットワーク化。一つのクライアントの中に入る資料は有限である、ネットワーク化で、共有と協力で、ビジネスが進む。
アクセスしやすいようにしなければいけないが、今の携帯はその前身と言ってもいいでしょう。どこいっても、必要な情報は必要な瞬間に手に入ることが求められる。
お服の店にいって、今ドンはスタイルが流行するのか、どの服がどんな材料で、どんなプロセスで制作されたのか、一般の値段と一番安いところなどを教えてくれる。
このサービスも膨大なお金を生むだろう。

5.すべてのビジネスの情報化、自動化も大きいでしょう。

6.情報統制:行政における情報化、すべての車を管理するシステムを活用して、交通渋滞がなくなるでしょう。個人個人のデータを統制し、行き先と時間をきちんと記録することより、犯罪率は減らせるでしょう。
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近代化
近代化で、人間が人間らしくなくなった。
急げ、急げと言われる毎日、ファストフード、すぐに写真ができるカメラ、電子レンジ、もう現代社会には待つと言う観念がないわけだ。
激変する時代に我々が対応できるでしょうか?

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心配、論点、極端
左か右によらなければ、ちゃんとした理論ができないと思う。
相反する論点を同時に賛成するのは、惑わすことしかないでしょう。

昨日、エノモトさんと晩ご飯を食べるときに聞いた話で、あさひ新聞は左、産経新聞は右。毎日ちょっと左、読売新聞はちょっと右。

知らないと損することだが、シンプルライフも大事。
日本のメディアのように、子供も心配し、朝鮮も心配し、安倍さんも心配する。心配しないのはないみたい。こんなおどおどの生活毎日送ったら、変態などがもっと多くなるじゃないかと、私は「心配」する。

4日目のインターン

時間は早くすぎて、何かビデオではや送りされたみたい。
インターンはもう4日目で、なんで最初の半分はすぎた。

少ない期間だが、だんだん仕事になれてきた気がする。
と言っても、簡単な作業しかやっていないから、何とも言えないが、仕事がある期間やっていると、仕事の個性がよくわかる。

今のロボット課もそうだが、ソフトを使って、ロボットの動作をプログラミングし、シミュレーションをやる。
こうすれば、こう反応する、そうすれば、そう答えてくれる。
ソフトに欠陥があって、すべてのExpectionsを処理する能力を持っていない。なにかソフトの予想外のことをやったら、画面が固まって、一回落とすしか方法はない。プログラミングしたものも全部消えるし、立ち上げるのにえらい時間がかかってしまう。

ソフトをもっとよくするのは一番なんだが、私は短期間しかいないから、できないので、ソフトの特性になれることしかできない。
すなわち、ソフトの予想外のことをやらずに、ロボットのもっときれいな動作をプログラミングすることだ。

3日目はそれが全然わからなくて、教えてくれる人もいなかった。
今日はやるほどわかってくる気がする。
もちろん、今日は前回よりもっとソフトを閉じる、上げる動作が多い。

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なれてくると、だんだん注意力が、仕事以外のことに発散することになる。
なぜかというと、仕事は大変じゃないことになって(適任の能力)、すぐにできるから(ベテランほど熟練度は低いが)、余ったエネルギーが出てくる。

隣の女性をみたり、明日の予定を考えたり。
結局、やる仕事は熟練する前と比べて、量は少ししか変わらないことになる。
なにをして、どうして、従業員の能率を高められるのか?
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経験の趣旨

なんでみんな朝早く起きられるでしょう。
なんで少ししかねていないのに、ちゃんと次の日に時間に間に合うように、仕事にいけるでしょう?

不思議に思えるけど、みんなが割りと簡単に毎日できている作業である。難しいことでも、規定されたら、できるわけだ。なんでもそうだね、やらなければいけないと考えないと、できるはずがないことでも、やるのが当たり前だと考えると、できる。

社会人のルールってことだね。

2007年2月14日水曜日

前山小学校の国際交流

今終わりました。
楽しかったw〜。

うん〜朝はとても眠くてね、どうなるかと思ったが、子供がとても元気で、私も元気になった。
学校の先生たちはさすがに先生ですね〜、話をしたら、楽しくてね、ついに話をしてしまう。

ほかの人がそんなに早く来ていなくて、もう一人の中国の女性は勘違いをして、来なかったし、ミャンマーとニュージニアの人も私の話(プレゼン)が終わったときに来た。
でも、子供たちに歓迎されて、教室に入るときに「格好いい!」まで言われて、やりがいがあったなと思った。

プレゼンは緊張なしにやっていた。
みんなにわかってもらったかどうかはわからないが、みんなは真剣に聞いてくれて、うれしかった。今日は6年生との交流だが、今度5年生のときにどうなるかを考えた。

今日は私たち一方的に話をして、質問があったけど、交流じゃない感じがする。23日のは遊びもあるし、ゲーム、ダンス、お絵書きもあるから、もっと楽しそうだ。

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23日の打ち合わせは、奈津子さんのお母さんとした。
話が論理的で、すてきな人だった。
もっと事務的で、先生の感じがしなかったけど。

私は気づいたのは、私としゃべると、だれもついに社会的な話になって、大きくて直接に関係のないのが多いけど。
今日も、愛知環状鉄道、三河豊田の駅まで送ってもらう途中で、日本の教育が問題化にされて、いじめは家庭、社会、学校3方の責任なのに、学校側が厳しく攻められて、先生の一言で自殺したことを言っていると同然で、先生の素質を上げないと!って叫ぶ人が多い。文科省も騒いで、教員の資格を審査するとか。そして、例として愛知教育大学の教員志望の学生がだんだん少なくなり(昔はほぼ全員)、また教員の質が落ちるじゃないかと鈴木先生が心配している。悪循環になるじゃないかと。

こう言う話ばかりしてね、子供と話をする能力がだんだんなくなっていく気がする。わかりやすくて、人を温かく感じさせる話を練習しないといけないね。もともと男性がこう言うのに弱いけど。

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もう一つ気づいたのは、事前打ち合わせの仕方が改善しないといけないことだ。
メールでするのはいいけど、何時に、だれが、どこで、どうやって会うのかをはっきりさせないといけない。相手がわかっているかどうかの確認も大事だ。

今日は三河豊田駅について、黄色の帽子で迎えてくれると、メールの中に書いてあるが、緑の帽子だった。(てっきり小学生が外出(通学)するときにかぶる黄色の帽子だと思った。)
その人はいたが、私はその人じゃないと硬く思ったので、聞いたりもしなかった。その人も、私が現れないにもかかわらず、電話で連絡はしなかった。ただ待っているだけ。

要に、
1.話をしている人じゃない人が迎えに来るときに、教えなくてはいけない。
2.朝、来る前にもう一回確認をしなかった(うるさいと思うほどやる必要がないが、章さん(知らない人)が勘違いしてこないくらいなら、確認が足りないってことね)。
3.きた後になにをするかだいたいでいいが、少し教えた方が、相手が安心である。
4.いざとなるときに、なにをすればいいか、迎えに行く人の携帯番号なり、自分でどうやって行くのかを教えるなり、いろいろ手があるが、少なくとも、一つのリスクヘッジを作らないといけない。

私の方は、
1.相手の電話番号を聞かなかった。
2.だれが迎えに来るかを確認しなかった。(鈴木先生が来ると思いこんで)
3.もう一人が来ることを知っていたが、一緒に行くなどの計画を立ていなかった。

企画力はこう言うところで現れるね。
それら除いて、今回のイベントはすばらしい。(理念、人の誘い、会場の準備、歓迎する気持ち、控え室の用意、やってもらいたいことを伝えること、子供の参加性の引き出しー司会者と感謝の言葉を述べる人、マイクとパソコンなどの準備,etc.)

バレンタインディー

今日はバレンタインだ。

嘆くことになるけど、彼女がいない。
作ろうと思えばできていたはずなんだけど、好きな子がいなくて、好きじゃない子に情熱を出せないタイプなので、どうも難しい。

チョコレートを送るのは日本だけの風土だよね。
起源地である欧米でも、チョコレートって言わない。日本はなぜチョコレートにしたのだろう?
でも、なにもないよりはずっといいで、プレゼントすることで、愛情と友情を深められる。

そう言えば、おれは子供のごろ、貧乏だった。
お金ないし、お金を使う意欲もそれほどなかった。
彼女をつくることも禁止され、お金の無駄使いも禁止された。まあ、今の財産になるといってもいいような、大事な家庭教育なんだけど、なんだか自分の家庭は貧乏だというイメージが強いられている感じがする。プレゼントを買ったことがあまりないので、買うセンスがなくて、なにを買えば喜ばれるのかにつねに悩んでいる。お金を節約する一つの弊害は、お金の流動感と流行への敏感が足りないのだ。ビジネスをやるためには、一つ欠かせないセンスである。
バレンタインならなにが売れるか、受験のシーゼンをいかに利用するのか。これらもあるし、ファッションみたいに、潮流があるのかをつねに頭におかないと、チャンスを逃がしてしまう。

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今電車に乗って、豊田市に向かっているけど、前田小学校の国際交流イベントに参加しに行くのだ。

昨日また遅く寝た。
今日のためになにを話そうか困って、夜家に帰ってからずっとプレゼンの資料をつくっていた。
中国人だけど、いざとなるときに、中国の話をしなければいけないので、準備する甲斐があると思ってね。いきなり話してくれといわれたら困るから、準備しないといけない。

Encartaで中国の項目を調べ、インターネットで写真を引っ張ってきた。まあまあいいプレゼンになるじゃないかと思っている。
国歌、国旗、祭り、遊び、食事、などを準備してきた。

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もうすぐ豊田市駅、乗り換えしないと

2007年2月13日火曜日

3日目の感想

長時間パソコンを使って、目がすごくいたい。
それに寝不足と少々の二日酔いがあって、つらくて、つらくて〜

インターンをやって、仕事になにが重要かがわかる。
まず、体調の保持が重要だ。
体がつらいとき、なにをやっても、元気が出ない。一緒にやる人も楽しくない。それどころか、ささいなことで怒りやすくなる。人間関係の妨げになる。自分で仕事をするときも、進度に間に合わないことが出かねない。上司にしかられるし、友達に慰められても、失敗者の気持ちになりがちで、友達との関係がギクシャクにならなくても、失敗者の気持ちが続ければ、いつか仕事をやめせざるを得ないときが来る。生活中のほかのこともうまく行かないだろう。

次に、同僚との交流が重要でしょう。
お昼に書いた文章は、今反省したら、私のせいではないかと思う。
私は勝田さんになにも話していなかったし、教えてくれたときも、うんうん、はいはいといってるだけだった。日本語の水準がわからないのは、当たり前のようなことだ。
そして、パソコンにいろいろなトラブルがあったため、勝田さん自身の仕事の進展に悪影響を及ぼした。
私の敵対的な考え方から、悪い態度をとったのかもしれません、(出していないと思うけどね)
これは、人間関係がうまく行かないかもしれないとき、積極的に有効的な態度を自身から示さなければいけないことだ。
今日の終わりのごろ、勝田さんと話して、なかなかいい人だとわかった。仕事と勉強の話をして、一日のストレスの解消に役立ったと思う。
一方、職場に一人の女性がいたのだ。
午前中休憩をしたとき、いろいろ話かけてきて、私に興味を持って人がいるって気持ちいいことだね。(正面の自己が拡張する)
仕事は終わったときに、更衣室の外であって、黒笹駅まで歩いていくことを教えたら、車で送ると言ってくれた。仕事上だけではない助け合い、職場の友情をつくるための有力な手段だ。

第三に、挑戦のある仕事をするのが大事である。
なぜかというと、つまらない仕事をしても、同じ時間を費やしている。大変じゃない?と考える人が多いかもしれないが、つまらない仕事をするときに実は、つまらなくて辛抱しているので、もっと大変のはずである。昇進に不利だし、刺激がないので、頭がだんだん鈍くなる。と言うのは、刺激のある仕事が来るときに、手に終えない状態になりかねないなのである。
それに、積極的な性格の養成には不利である。積極的に人生のすべての挑戦に向けあうことは、人生の極意である。怠けてくると、もともとある可能性がなくなったり、失敗を防ぐことでも、油断と横着で大事なものをなくしたりしたら、大変さの「総額」は急劇的に上昇し、積極的な人生を選ばないと馬鹿だね。

最後に、仕事はなにか?と聞きたい。
仕事をするには、意識が大事である。
生きていく手段か、社会をよりよく理解したいのか、自己実現なのか、社会をよりよくさせたいのか。
なんであれ、仕事をするのに通じて、精神的に安定な状態に保持
し、自分が社会に認められることになる。
片方、仕事を通して、人を認識するのは社会の常識である。
昔は身分性で、なにをやるのであれ、武士や貴族は尊敬されて、日本の場合は、商人は最初見下されたの一つは、農民出身のためである。
現代社会は身分世襲などの制度が排除されて、人を判断するひもがなくなった。そして、経済の発展、成長によって、作業が分化されて、職業が一層多くなった。その中、金持ちと社会貢献度の高い食後うが生まれて、彼らは新時代の貴族と称してもおかしくないでしょう。
仕事をどう選ぶか、多くの志望者の中から選ばれるために、青春期にどんな教育を受けなければいけないのか、どんなルートで出世可能なのか。考えることがいっぱいある。
そのうえ考えると、選んだ職業をみてその人の子供時代(家境)と意識が少しわかる。しれに、同じ職業をする人は、同じような習慣をみについていることは考えられるでしょう。学生とか、教師とか、兵士とか、技術者とか…聞けばだいたい、その人の思考の傾向がわかる。
なので、やっている仕事のいい面(技術者なら思考の厳密さと発想、経営者ならリスクをとる勇気と決断力など)を吸収し、悪い面(技術者は自分の専門しかみなくて、「おたく」のような人になる傾向がある、経営者は自己中心で、ほかの人の意見を行かない傾向がある)を避けることが可能なので、仕事にとらわれないで、一生懸命選んだ仕事を生かすことが大事だ。

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あるとき、友達がつまらないと思ったりする。
ドラマの中の愛情にあこがれて、毎日「その人が格好いい!」「あ〜会うと恥ずかしい〜」とか言う人はいる。
同時に何人かの女性と付き合い、家賃を払わずに同じ部屋にすんで、お金を借りて返済しなくて、その女性のお金を使ったらやはりふって、ほかの女性のところに行った人もいる。
その女性がまた彼氏をつくって、復讐みたいなことをする。
学校に何年間もほとんど来なくて、留学してきたのに、卒業できる年限までビザがとられるかどうかがわからない人もいる。
将来がどうなるかを聞いたら、「考えたことがない、どうなってもいい」と答える人もいる。
ある人は、ゲームとかで、必ずスゴイことを認めなければいけない、そうじゃないと怒って、対決が要請される。
ある人は、好きじゃないけど、さみしいから彼女と付き合っている。
ある人は大学院試験が後2カ月しかないのに、復習がまだ始まっていない。
ある人は、必ず大学院に進学すると思っているのに、大学院の出願締め切り後に気がついた。
ある人は、女性の注意を引くために、カラオケで同じ歌を歌いたい人にほかのことをさせて、歌が来るときに自分だけで歌えるようにする。
ある人は、スーパーで万引きして、つかまえられたら警備員を殴る。
ある人は学校をやめたくて、将来日本に残るために彼女と結婚するしかない。その人の両親は相手のことがわかっているかどうかも未知数である。

毛沢東さんが信じていた「人は変わるものだ」は真実だとしても、これはつまらない。若いのでしょうがないことか?
宮崎はやおの作品の中の生き生きとした少年たち、あるいは青年たちは果たしていないのか?

本の中に、こう書いてある。
あなたが目標に向かうことに反する作用をする友達と分かれよう。

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実際するのは難しいのだ。
なにをいっても何年間も一緒に勉強してきて、遊んできた友達なんだから。心をいやしてくれたみんなだから。
私も同じようなことをしたことがあって、自責でいられない。(今でも)

実はだれとでも(悪い自分とでも)そんなに親しいわけではなかった。ある距離をおいて、一緒に遊んでいたのだ。親友をつくりたいけど、自分も若いから、悪い方向につれていかれるとお怖いので、その親しさを遠慮していた。

一人で悩むのがつらい。

すばらしい人と出会えたらいいな〜
そして彼女にも〜。(^^)

3日目のインターン

ロボット課に入った。
パソコンを使う仕事なので、楽そうだ。
そして、工機課よりはるかに安全である。

ロボットの動作をTeachingする課なのだ。
パソコンがみんなすごいのを持っている。
二つのモニターでやるのが何台かある。
私が使うパソコンが、3.6G のCPUで2G のメモリー。
まあ、CAD ずを作るために、そのくらいスピードがなければいけないね。
しかし、設定が悪いのか、少し遅いと感じている。

仕事がこんなに大変ってことは知らなかった。

ロボットの動作を一つ一つPositionを設定しないといけない。
少しずれると、部品か機械に当たる。ロボットもときどき紫になったり(教える人が、これは「だめ」と)して、何回も繰り返して、XYZ 軸を調整したり、回転軸を調整したり、溶接の先端の開く角度も調整したり。一つの溶接点まで行くには30分もかかる。

大量のデータがいる。
一つの図面を開くために、ワーク、ロボットの設定、位置の設定、動作(テンプレート?)の設定など、開くファイルは10何個もある。
そして、開くまで時間がかかる。
なぜか私の機械で、何回も画面が固まっていた。その後はずっと遅
くて、トラブルが多い。

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一番勉強になったのは、ある種の日本人の中国人に対する考え方なのだ。
今日教えてくれる人は、やさしかったのだ。
なぜかというと、私は日本語がわからないと、仮定していたからだ。
「TEACH」、「RECORD」、「OK」、「ダメ」、「もう一回」などと、単語しか私に言わないのだ。

私が中国人なので、やさしくしてくれて、なんて親切の人だ!と思ったが、ご飯の前にこそこそと隣の人と私のことを議論していた。そして、私に向いて、日本語がわかりますか?日本に来て何年だ?どこの大学?名工大?などと質問して。
私がパラノイドかもしれないが、たまらなかった。
「日本語ができます。」「名大です!」って言った。

相手がびっくりして、名大か、すごいねって。
私の問題かもしれない。服装が整えていないかもしれない、顔がみにくいかもしれない、ふるまいが礼儀正しくなかったかもしれない。しかし、もし、私が中国人なので、日本語が上手なわけがない、いい大学にいけないと思っていたら、私がカッとするのがわけありだろう。

世界の中にどんな人もいる。
私がその考え方を外に出さなかった。ビジネスでも、先入観を持っている人、素質の高くない人、人材じゃない人もいっぱいあわなくてなならない。
私がどうやって理解するか、どうやって事情をうまく進めさせるかがキーなのだ。その人のために、ビジネスをやめるとか、とんでもない。うまくそれを利用して、仕事をしなければいけないのだ。

昨日のパーティー

昨日、夕方7時から多分かとコミュニケーションの打ち上げパーティーに参加した。

本山からとても近いところだった。
川沿いの道は知ったときいつも見かけるけど、入ったことのない店。
筆内先生と3人のヨーロッパ人、3人の日本人学生と、私。

日本人学生の中に曾浩彦とゆう子さんと情文学部の男の子がいた。座席の配置が割るかっらため、英語グループと日本語グループに分かられた。私は日本語グループで、試験の話から、就職、外国人の友達づくり、彼女との知り合いなどの話が続いた。

ゆう子さんは話をするのが遅いが、とても魅力的だった。
フランスで生活したことがあるそうだ。
ビールをたくさん飲んで、正直、ちょっとよっていた。
けどすぐまた意識できる状態になった。(箸置きを重ねて立てて、飲み残した氷をかき回したほかに馬鹿げなことはしていないはず)

曾は相変わらずおしゃべりで、たくさんの彼に関する情報を知ってた。就職のありさま(第一志望が申し込む前に締め切った)とか、明日昇級に関わる大事な試験があるのに、今お酒飲んでるとか、彼女にふられてわけがわからないとか。まあ、話して面白かった。

英語グループと全然しゃべらなかったが、何か前より話しにくい感じがしなかった。TOFELの試験勉強は昨日から正式に始まって、毎日たくさんの英単語を覚えなきゃいけない。もちろん、英語圏の人といろいろしゃべって、単語を覚えたい。頑張ろう。

帰りはゆう子さんと同じ道だったので、わかれる前に、しゃべってた。ゆう子さんは名古屋(八事?)の出身で、農学部資源生物学科の3年生、大学院に行く志望、研究室は果樹関連。英語が話せるようになりたいから、この授業に参加した。もちろんフランス語も話せるようになりたい。フランスのほかにもう一ついったことのある国があったが、お酒のせいか、覚えていない。テニス部に入っている。親と暮らしている。

楽しかった。
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家に帰って、もう10時半。
やっぱりパソコンのファイルを整理しないといかんので、やっていて、すっきりしたときは2時すぎちゃった。
朝は6時半まえに起きて、大変自分を誇りに思う。
起きなければいけないけれど(^^)
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今日ロボット課で頑張ろう。

2007年2月10日土曜日

UNCRD(国連地域開発センター)スタディキ%c%s%W$NLL@\

今日はいよいよ「持続可能な開発に向けて、〜人間の幸福、地球の限界〜」スタディキャンプのグループ面接の日になった。

朝寝るのが遅くて、4時過ぎだった。
(友達と雑談して、2時半まで、少し遊んで、食べて〜)
朝10時からの面接で、遅れてはいけないと思ってね、アラームを8時に設定した。

朝起きるのがつらかったが、いけなければいけないと考えて、つらくても起きれた。

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なんだけど、面接はうまくいったわ。
合格すると結構自信を持っている。

面接前に、UNCRDの紹介ビデオ、個人情報のチェック、名札書き、正面撮影、「(論理のある)発言をどんどんすれば点数が上がるよ」といわれた。

面接で、小野川和延所長さんを中心として行われた。
最初の問題は隣にいる女性の職員に出された。「地球はいつか破滅するか、何とか滅びることなしにいけるのか?」

破滅すると挙手する人が多かったので、破滅しないと挙手をした。
今も、それが大きなアピールになって、よかったと思う。
(質問される前に、変わった考え方がいいと所長さんがおしゃった。「持続可能な開発は時間稼ぎだ」と書いた人がいる。)

エネルギー、戦争、公害、不平等、欲張りなどで地球は滅びると考えた人は8いて、何とかできるので、滅びないと考えた人は2人しかいなかった。
(10人の中で、留学生が2人しかいない。私とレオナドというフィリピン人)

そして、真の幸福とは、について討論した。
「地球家族セミナー」の私の班「豊かさと貧しさ」のテーマと重なるが、開発はどんなのがいいかという討論が活発で、実際の問題もたくさん言われた。

半分の人しか参加できないといわれたけど、全員参加できたらいいなと思った。
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終わってもう、12時近く。
丈嗣さんと名大法学部のひとと、南山大学瀬戸キャンパス総合政策学科の二人とご飯を一緒にした。
いうことがないときもあったが、みんながいい人だった。

ビジネスアイデア:留学生ネットワーク

今私は、日本語ボランティア講座7回目に参加している。

留学生に利用できるサービスの一つになるなと思った。
これらの人と相談して、ボランティアで留学生の支援ができると、私が作りたい留学生のネットワークにとても役に立つと思う。

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新たに得た知識は、国際センターが国際交流基金に入っていて、日本語の教材と学習システムをつくっている。

明日ビジネスプランをつくって、県の職員にも送ってみよう。

2007年2月9日金曜日

インターン2日目感想

Bloggerは便利だね。
昨日からのブログはすべて携帯からメールで送った。
電車に乗るときでも書ける。

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メールでインターンにレポートがいるかどうかを聞いたけど、返事が来ない。書いてあるから、どっちでも大丈夫だろう。

今日も一日工機課だった。みんなが親切で、話かけてくる。
敷いてなにが勉強になったとレポートを書いたら、普通なら:
「初めてみる機械がいっぱいあって、部品はこんなふうに作られるんだ〜?!スライスとか、穴あけとか、やりたいことによって、使うドリルが違ってくるから、サイズと精度もたくさんあるから、何千ぐらいのドリルなどの(工作)機械用のものがある。あるものはNC(マシンセンター)で作って、あるものが人間が機械をコントロールしながら作る。
みんなの協力ですばらしいものをつくって、感動した!」
なんてね。
私は変わり者なんで、普通のものは書きたくない。

なにが勉強になったかというと、本の中の言葉を引用したい。「経営学を勉強するときに、知識は二種類ある。一つは、企業の情報などの知識、もう一つは、経験である。」
工機課で、手を動かして、なにかをつくることが少なかったが(危険だから)、話を聞いて、仕事のぶりをみて、勉強になったことは少なくない。

1.共感
日本の文化は、High-contextの言語文化である。すなわち、言わなくても、聞いた話の本当の意味が理解しなければならない。比較して、欧米は相手に理解してもらおうと、一生懸命頑張っている。

なので、たくさんの推測、愛想、疑惑が生まれてくる。昨日の文章にも書いたように、日本人はこう言う点が強い。(中国もそうだけどね)
わからなくても、一致しなくても、ちゃんと生きていく方法を見つけて、それで芸術にもなると、文化を世界に発信している。

このライフスタイルに、基本条件があった。
それは、共同感覚の道徳が国民の基本の価値観に成り立ったときに限られる。
シェアすることをしなければ、仲間外れになるじゃないかと、いつも怖がっているのなら、この価値観が当たり前だと考える人は、共同の感覚を重視する人である。

今日、吉本課長の後につれて、話をしたり、作業をみたりするときは、全然知ってから2日目の人と思えない。なんでもやれて、なんでも話せる親しい感覚だった。
これによって、私のことを理解できる人になれる人だな〜と感じていた。この人のためなら、頑張ってもいいかなって思った。

本当は自分がなにに見られているかがわからないが、それで満足できるでしょう。
リーダーの存在は安心感に当たっても、欠かせないものだ。

2.「考えすぎたら、仕事にならない。」
課長から、今日聞いた話だ。これやって、あれもやって、いろいろ試してみたいかもしれないけど、それだったら、まともに会社のための製品をつくることが不可能である。
これは私が信じる。何十年の仕事からの経験談だろう。

社員一人一人は自主性を持たせなければいけないが、とどのつまり、上司から下された命令(注文)をきちんと時間内で完成させねばならない。仕事が好きだ〜という人でもストレスがたまる理由はそれだと思う。
でも、仕事は遊びじゃないから、つまらなくても、我慢しなければいけないとしても、生きるために、家族のために、何のためかわからない人もいると思うけど、とにかくやらなければいけないから、みんながやっているでしょう?

しかし、人間はロボットじゃないから、この人たちのために、(エリートたちは)何とかしないといけない。仕事状況の改善(昇給、昇進、食堂、組合、労働法)とか、仕事に意味付け(会社のプライド&信念、社会貢献、QCサークル)とか、レジャー活動(ピンポン、バービキュー)とか、企業は従業員たちに、コントロールされて、搾取されている感覚を与えなければいけない。

同じように、人材なら、企業が活動の場を与えないといい企業とは
ならない。従業員各自の思い(態勢)がわからないと、人材のように対処できないのだ。私は企業の中で、チームをリードすることがないので、なにをみれば人材を判別できるかがわからない。これが経験から積むものでしょうか?

人間は感情の動物で、感情のために生き、感情のために働く。その感情の裏付けを作らなければいけないが、人材でない人にお金を出すわけにはいけないだろう。

昨日も書いたけど、人間の現状を理解して、それを生かして利用すれば、勝ち組の人間になる。(もちろん、問題を解決するのは、本質を変えることを考えるけど、変えられないなら、その特性を生かしてやらなければいけない。弱いところが、強いところに変わる可能性は十分ある。)

人を動かそう!

お昼に瞑想

もうインターンの二日目のお昼だね。

早いといえば、あっという間だね。
このブログを直接会社の人に見せてもいいかな〜と思ってるところだ。でも、正式でないし、どうなんだろうね。悪口を行っちゃいかんし(^_^!)

まあ言ってみて、だめだったら作り直すことにしよー。

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昨日、参加した活動のまとめをしたら、それ以前、全然整理しなかったことをちょっと後悔していた。そんなにあるのに、全部思い出せないから、ずいぶん減るのね。そんな積極的なおれが、2006年に集中していると勘違えされかねないじゃん〜なんてね。

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人間って、怠け者だろうか、鞭かけずに進んでくれないものなのか?
どんな人を尊敬すべき、どんな人を敬遠すべきであろうか?

意識ってやつが、巧みなものなんだね。
現代社会への妥協は悪い意味でとらわれているが、違う視点で、時代にふさわしい人間が生まれるので、ダヴィンチの進化論によって、時代に適したものが生き残るわけで、逆に、妥協ってことは、進化と同然することになる。 本心と動物性の本性と争うことが、ほめられるけども、それを受け入れ、生かすことで、もっとすばらしい人生が生まれるじゃないか。

価値観が違う人々は、グローバリゼーションで、強制的にくっつけられて、コミュニケーションをとらなければいけない現状になった。見苦しいことも、見慣れなければいけないこともしばしば存在する。
お互い尊重、平等、自由って言うのはまた共存のために作られた現代社会の新しい価値観なのである。
必ずしも自分が正しくないことを常に認めなければいけないことになった。

もう一つ考えたのは、人間は機械(パソコンなど)より、発展しているのは、過ちを許すことだ。ある心理学の研究で、現実の映像と似ているけど、中に、ロジックで説明できないところが何カ所もあるが、だいたいの人はそれを見落としている。逆の観点からみれば、たとえば人の顔をみて、あっ、それはだれだれだ!と言うんじゃない?そしたら、その人の上方を変え、服装を変え、化粧も変えるなら、なにが起こるのだろう?実験でみれば、ほとんどの人が、多くの人の中から、その人を見つかることができるのだ。
結論を言えば、矛盾点を見落として、大局を発見することが人間の学習のし方である。
機械がこうなったら、エラーが出てきて、仕事にならないでしょう。

日本人はそう言う点で優れている。
本音と建前の区別があっても、ちゃんと生きていける。
社会がそんなに厳しくても、自分の中で、温かい巣をつくられる。

ヨーロッパなどはおそらく、社会を変えよう!法律を変えよう!と叫んでいるかも知れないよね〜(:P)

二日目に横着

寝坊した。

今から電車を乗るところだ。
部長さんなどに申し訳ないけども、本当に早寝、早起きになれていないね、私。

おわびをするしかない。

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いいたいのは、単純の寝坊ではないことだ。
いくつかのアラームをかけたわけだ。一度起きては起きたんだけど、目が覚めていなくて、で、ベッドからはなれていなかったのだ。本当にやっていけないと知っているけど、アラームを止めて、もうちょっと寝ようとしていたのだった。だって、朝の3時に寝たんだから、眠たいもんだ。そしたら、起きたときに時計をみたら、もうすでに9時半だった。すごく悔しい。

問題を明確化するために、なぜ3時まで起きたかを問いたい。
私の活動の履歴書を2時まで作っていたのだ。いつもいろいろな活動に参加して、なにも文字の資料を残さないのは、さすがに寂しいもので、書かないと昨日はどうしても落ち着かないのだった。

それで、昨日に書かなければいいじゃないか、もっと早く書けばいいかないかといわれるかもしれない。
確かにそうだった。しかし私には理由がある。
作らないと忘れちゃうことを恐れていたし、9時半まで学校で勉強してきて、帰るのが遅かったこともあった。家に帰って、メールのチェックと返事、予定表の整理、食事だけで12時くらいになった。12時から履歴を書こうとした。

もともと遅寝の習慣があるからね。

実は、7日の夜も2時過ぎに寝て、6時半に起きたのだった。
二日連続はやはりだめだった。

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今日はどんな日になるでしょう?

今書いている途中、会社から電話があって、はっきり聞こえないから、だれなのわからなかった。向かっていることだけを伝えた。

まあ、解決に向かおう。
PS、本当は行く前に電話したかったが、村山さんの電話しかわからなくて、彼は出張中なので、かけても無駄だと思って。一日目はみんなの連絡先を確認した方がよかった。

2007年2月8日木曜日

インターンの感想 部長と課長

一日目はこれで終わった。

須賀薫部長とあいさつしたら、インターンの感想を聞きたいから、毎日書いた方がいいよと*。
ん〜感想といわれたらね〜、今考えたのは、つかれた。
からだがつかれていた。

一日中立っていた。
今日は工機課なので、機械と付き合っていた。
機械は好きだよ。クリエーティブなんだから。
しかし、ずっと学校で坐っていて、最近定期試験のせいで、全然運動していない。一日立って、すごくつらい。(眠たいこともあってね)

つかれると、なにも考えたくないというけど、今日の体験がよっぽどすばらしかったので、ついに考えてしまう。
おれは自分で起業したいわけだから、会社の中の役割分担なり、人間関係なり、企業からみるいい人材の定義と、従業員からみる働きやすい企業の定義など、いろいろ頭の中で化学反応を起こし、電気ショックを受けた感じだった。

1.須賀部長はとてもいい部長だと感じた。
会社は大きくなると、組織化されて、部長のような身分の高い人は、なんだか厳しい人じゃなきゃいけないという印象だった。須賀部長は頭がきれるわりに、やさしい。
なぜいいかというと、私が理解している「人を管理する」というのは、人から理解されなきゃ、成り立たないものである。そして、部下の使命と任務を明確にしないといけない。
私が会社に入るときに、まず私の自己紹介から始まった。よりよく、製造部の仲間たちに知ってもらって、仕事と勉強がしやすくなる。そして仕事の流れとシンテック流の安全確保、驚いたのは、説明のとき使われるビデオ。アニメーションだけそ、とてもリアルで、スムーズだった。こんな機械系の会社で、情報処理もこんなにうまいなんて、考えもしなかった。説明がわかりやすかった。
私がインターンに参加した目的の一つは、会社のあり方を学ぶことであった。話の中、商品の納期、品質、原価;生産の安全、効率;工程の設計から、検査までの流れ;生産活動を積極させるための、創意工夫、QCサークル、改善活動、委員会活動などで、仕事(生産活動)をより安全、効率的に行うための手段として勉強できた。
ヒューマンエラーは、不注意、横着、錯誤を含む。この言葉で、私の心が震えた。人間は過ちを犯す。どうみるか、どう対処するかは大事だ。私も時間を無駄にした末に、夜は罪悪感を感じて、また遅く寝たりして、朝はおきられないので、よ〜く考えたら、時間の節約ではなくて、時間の浪費になっていた。こんな横着、不注意などは我々は人間である限り、やってしまうのは避けられないでしょう。しかし、ビジネスの世界で、信用を保持するのは大事で、100%の品質の信頼と100%の協力関係を長い間築かないといけない。こうした中で、どうやってヒューマンエラーを減らし、最終に0%か許される範囲にするのかが課題となる。
従業員からみて、ヒューマンエラーは怖いものである。上司にしかられるし、下手すれば首されて、生活の保証がなくなる。しょうがないことだと思って、軽く対処する人も少なくないでしょう。彼らは、仕事の進行度と会社の名誉に悪影響をもたらし、ほかの人に多大な迷惑をかけることになるでしょう。
アップクラスの人からみれば、全然違う視点になる。それは、責任をとる積極的なとり方である。ヒューマンエラーがあっても、その人の価値と会社のための努力を否定することができない。防止策を考える企画力と実行力、エラーがあっても仕事を進行させる臨機応変の知恵と心構え、人間関係をうまくさせるリーダーシップと人間性。これら一つ欠かせばならない。
私は「エラー」を受け入れることに下手だった。自分のエラーを許せなくて、ほかの人の無知、下手、横着も許すことができなかった。そして心がつかれて、なにもかもうまく行かないわなにはまって、自責の深淵に落ちた。
ロボットでない我々にできることは、人間性に反することは経っして許さないこと(殺人、強姦など道徳に反するものなど)と、必ず信じていることを守ること(平和、積極性、社会のハーモニーの可能性)と、責任を持って自分の過ちを解決する(自分への理解と自負心)ことしかないと思う。
なにもうまく行くことはまず考えない方がいいという教えであろう。

2.吉本課長の技
なにが人間としてすばらしいというと、道具を使え、動物にない知恵を生かして、人々の生活をよくすることだ。
工機課はまさにその例証である。

工業文明で築かれた20世紀は鉄筋コンクリート、車、飛行機、宇宙船、数えきれない機械の運転で築かれてきた。その中心にある鉄は今日拝見させていただいた加工技術によってほぼすべて分野の工業を支えていた。

成型した鉄切ってを形にしたり、穴あけたり、表面をピカピカにしたりすることが機械の製造の多様化によって、シンテックホズミですべてが可能であった。
人間の知恵に万歳!企業間の競争の将来も、技術の進歩の争いであろう。

それだけではなく、吉本課長がいろいろな技を見せてくださいました。
「技能伝承」が2006年の一つのキーワードになっていた。段階世代の退職を迎える多くの企業が、技能が失われることを怖がっている。熟練工の技というのは、なんでそうなに重要なのか?
まず、今日みてきたのは、経験である。
なにがいけないのか、どんな程度の傷が許されるのか、みればわかる。こんな人がいなければ、不良品がたくさん出るか、納期に間に合わない効率の悪い作業ばかりするか、のどっちかになるでしょう。課長は機械の手ごたえから、仕上げドリルが鉄のくずを出してないと判断され、さっそく同じ半径の鉄棒を入れて、やはり通りにくい。不良であることがわかった。そして、その経験を生かし、どの穴がどんなところで使うのかがよく知っている課長は、この程度の不良は許されると判断。新米だったら、不良であるかどうかもわからないでしょう。もし言われたらあせて手間をかけて使える部品を無駄にすることになるでしょう。
次に、ミスしたときは、なにが悪いのかを見極める能力。
吉本課長はドリルが予想より大きい穴をあけたとき、すぐに機械が悪いとかではなくてドリルが悪いだと判断されて、さらにドリルがゆがんでいるなどじゃなくて、中心がずれたと判断を下され、すぐにドリルの修正に務めていた。修正したドリルでつくった穴の仕上げ(あら引きのあと、穴の内弊をきれいにする作業)は今度きれいにできた。
そして、達成したい目的によって作る手段と手順を柔軟に帰られる能力。課長が最初に私に作業をやってもらうときに、何のためにこう言うことをするかをきちんと説明してくださいました。毎回部品を挟んで、また取り除く作業をする手間を省くために、小さい部品に切る前に、穴あけと表面の整理(?)をやってしまう。機械ができない府品の回転しながらの穴あけなどは手作業でやるとか。

やっぱり課長と一般社員の違いも大きいだね。

人生の生きがいというには、なんでしょう?
深い意味を知ることにあると思う。
説明してしまうと、人を愛することはできるが、そこの深い意味をしたなければ、意味がないと思う。愛したことがない人には、わかりにくいのは、愛する気持ちがもたらす幸せ、人生観と世界観の変化、青空、鳥声の感動。仕事の深い意味がわからないと、仕事の楽しさ、プライド、そこから生じる人生の展開がわからないでしょう。学生が勉強の深い意味がわからないと、試験を通過しても、いつまでも受け身で、ストレスがたまったり、成績に悩んで、学校に行くこともいやになるでしょう。
我々は思考のできる動物である。思考から我々の生活がこんなに豊かになっていた。物質の貧乏から誘発できた精神の貧乏は無視してはならない。精神の好尚の人こそ、次世代に生き残られる、勝ち組になるのではないでしょうか?

春休みが正式開始

今日はインターンの初めての日。
どうかな〜って感じ。

経験していいことだとはいえる会社だと、この半日でわかった。
なにもかんでもやるのではなくて、トヨタさんのために溶接の機械を整備する会社。機械がどう成り立っているかはよ〜くわかる。

今日は朝6時50分に起きた。
今もすごく眠たい。
夜起きてると寝不足になることがよくわかる。
機械をみてるうちに、昼寝をしたいななんて思った。

まあ、製造部に入っているちゅうのは、理工系の仕事になることやね。がんんんばるわw

2007年1月18日木曜日

Googleのサービス

今日は、personalizeパーソナライズのgoogleホームを作った。グーグルは本当にいるんなサービスを提供しているね。感心した。

マップ、ブログ、翻訳、サーチ、ニュース、ビデオなどなどのインターネットサービス
それに付箋、メール、ゲーム、TODOリスト、天気、時間、スケジュールなどなどのツール
どうしても試してしまう。
Googleは、これからも成長するでしょう。

2007年1月17日水曜日

疲れた☆☆(夜の部屋整理)

朝4時に寝た。

疲れた。♪
今心に温存しているのは、家の暖かいぬくもりだ。

昨日、CCDGが終わって、家に帰ったら、計画していなかったけど、部屋の整理をしてた。
実は最初、勉強をしたくて、いろいろ構想を立ててた。しかし、おなかの調子が悪くて、衛生状態がすごく気になってきた。
それで、本当はSD(持続可能な発展)の話を書きたかったけど、辞めて机の移動と掃除機かけに専念した。

片付けて、棚が一つ押入れの中にあるのに気づく。
こんなの、効率が悪い!と
もっと手がつきやすい場所にすれば、整理しやすいでしょう。と
それで、棚を出し、拭き、改装し(段の高さ)、勉強机に移した。
それから、勉強机の整理、資料立てのつくり(ダンボールから)。
文具を全部勉強机にもって、初めて意識したのは、ずっと昔から整理したかった資料はまだ手がついていない。

捨てられるものを全部捨てる、衛生じゃないものをかえる。(ベッドのシール、布団ケースなどの交換も)
こんなのは大変な仕事だった。それなのに意識していなくて、やらなければいけないとして、楽々にできたのだった。
資料を分類し、使わないのを本棚の最低段に移し、一目瞭然なデスクになった。

朝の4時までやっていた。
押入れはまだやっていないが、部屋の中は整理する前とぜんぜん違う。
寝るときも幸せな気分だった。

2007年1月15日月曜日

生活に激情!(スーパーマンに生まれ変わるよう)

7時におきられた。



昨日夜の約束でした。
自分との約束を守るというのは、自己信頼、自信への入金である。
貯金が段々たまるように努力していかなければいけない。



私のマーク

に新しい意味を入れときましょう。
Activeということです。

今までの私は十分にアクティブではなかった。
これから、貯金がたまるように、
軍事化の生活ができるように
この方法は成功への唯一の道だと

志して、生きていきましょう。

本当にActiveではなかったわ。
ぜんぜん足らないわ。

もっと話しかけて(『雲のよう風のよう』)
自信を持って能力のあるとして働いて(『私のスーパーマン彼女』)
行くしかActive とはいえないのだった。

毎日起きられないということもそういうことだったね。

2007年1月14日日曜日

才能に恵まれた人の生活はめちゃくちゃにならなければいけないの

今日はサボってうちで『Close Encounter ~the third type~』を見た。

その中で、Royという人は、宇宙人の宇宙船に誘われて、宇宙人が来る場所を知ってしまった。
そしてそれを探すために絵を描いたり、彫刻を作ったり、政府に質問しに言ったり。完全に変な人になってしまった。

自分の中で知っていたその「誘い」を確かめるために、人生をめちゃくちゃにしてしまった。
最後、あえてよかったと思うだが、果たしてそれでいいのかと私は思う。

Speirbergの頭がどっか変かもしれないが、私は映画を見ると、何が伝えたいか分からない。
(私の頭が悪いかもしれないけどね。)
おいといて、そうなったら私はたまらないだろう。
自分とお互い愛する人を傷つき、そのUFOばかり見て、人生になにが楽しいのか?
まったく、理解できない。

賞をもらったはともあれ、私は同じような人になりたくない。
これは、私の価値観かな?

昨日、高嶋さんに面接されたときに聞かれた、
「これなら私が決して譲らないというのはなんですか?」と
そのときに私は答えられなかった。

私は、愛する人のために奉献することは譲ったりしないでしょう。
私は、決して自分がいい人であることを放棄しないでしょう。
私は、自分と約束したことを破ったりしないでしょう。

2007年1月13日土曜日

国連について学んだ

昨日、国連の憲章について勉強した。

国際連合憲章
 われら連合国の人民は、 われらの一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い、 基本的人権と人間の尊厳及び価値男女及び大小各国の同権とに関する信念をあらためて確認し、 正義と条約その他の国際法の源泉から生ずる義務の尊重とを維持することができる条件を確立し、 一層大きな自由の中社会的進歩生活水準の向上とを促進すること 並びに、このために、 寛容を実行し、且つ、善良な隣人として互いに平和に生活し、 国際の平和及び安全を維持するためにわれらの力を合わせ、 共同の利益の場合を除く外は武力を用いないことを原則の受諾と方法の設定によって確保し、 すべての人民の経済的及び社会的発達を促進するために国際機構を用いることを決意して、 これらの目的を達成するために、われらの努力を結集することに決定した。 よって、われらの各自の政府は、サン・フランシスコ市に会合し、全権委任状を示してそれが良好妥当であると認められた代表者を通じて、この国際連合憲章に同意したので、ここに国際連合という国際機構を設ける。


よって、国連の任務は
・戦争阻止
・人権、平等の宣伝
・正義と国際法の維持
・社会進歩、生活水準向上

そのためにやることは
・お互いに平和と安全を維持する
・経済、社会的発達を促進する
国際機関の設立→国連

なんてすばらしいことを書いてあるよね。

2007年1月12日金曜日

私たちが所有するもの

私たちが所有しているものは何だろう?この月日を経過して、私たちが何を得たでしょう。

『アサーとチビ人』という映画を見て、Autherはチビ王国に行って、英雄として呼ばれ、美しい皇女の恋を得た。そして現実世界で、お爺さんの土地を守り、財宝を見つけ、家族が幸せに暮らせるようにしていた。

一つの言葉は、月日が経つにつれ、違う意味がついてくる。愛ということはそうなんだけど、栄光、思念、強気、信念などの概念が知らずうちに入れ替えられている。
私はこの年齢になると、いろいろ考えるようになり、たぶん一番多く入れ替えられる時期だろうと思う。親切にされたら、世界が美しく見えて、凶暴にされたら、世界の明日が見えなくなったり、自信をなくしたりする。

何を得た。何を無くした。これは確かに答えにくい質問だ。
頭がいい子と呼ばれたことがある。調子に乗って、難しい問題を解いたり、前もって授業の内容を予習して、授業のときに答えたりすることがあった。その時は何も考えなかったが、それは今に私の財産となった。

けれど妙に叱られることにテンションが高い。
何に対しても叱られる限り、心の中に強くいやな気持ちが生じて、長い間くよくよする。今もそうだ。子供のごろ、叱られることが多すぎて、人を喜ばせる技を知らずうちに身についたのかな?それで、みんながわがを好まなければいけない、という潜意識があったからか?

教えられたことが多かったな~
同級生と先生を尊敬しろとか、無駄遣いをしちゃだめだとか、知らない人を信じたらだまされるとか。みんな社会の中で生きていくための正しい知識だと思うが、子供に選ぶ権利がなかったので、教えられたことにしたがって成長していくしかなかった。

そのほか、真似をしたことも少なくないね。
強気で起業をしたい私は、お父さんの真似だろう。
予定通りに進めなかったらすぐ自責することはお母さんから来ているでしょう。

物語を読んで、その中の少年と同じように世界を冒険したい衝動が沸く、いたずらをする、新発見にわくわくする。
同じように幻想することが多かった、将来に対する憧れがいつまでも私の心を掴んで、離れたことがない。

現実に生きろと先生から教えられた。「競争はいいことだ、競争は我々を良い方向に送る。」競争の激しい環境で、私も競争していた。負けたほうだけど。現実を認め、私は最強の人ではないのだ、と。「あなたにはできないことがあるのよ」と。くじけた気分をはじめて味わった。それは強かった。

人生は一度きりだ、頑張ろう。とお父さんが言う。
自分を苦しんではだめだよ。とお母さんが言う。

遊んでばかりの私は無言になった。
何も口に出すことができなくなった。
自分の無力に脱力していた。

自信のある私を返せ!
私の眠った目を覚ませ!
叫んでいる昔の私の声が小さかった。

好まれないと、落込むことは、やっぱり私は子供ですね。
人生は段々覚えていくことさ。子供はいつか大人になれるものだ。

何回くじけても、倒れない。
失敗から必ず何かが得られる。
考えすぎってことはない。
失敗と成功はやる前に決まっている。
私の信条だ。

おととい榎元さんと話したときも言ったけど、人間って、必ず何かを信じなきゃ生きていけないのだ。
信じたら本当になるが、信じなかったらうそであることが多いから。
人を信じることも同じだね。人を信じたら、その人もあなたを信じてくれる場合が多いのだ。
この世界を信じて、理解して行こう。