インターネットで、7時間近く話した。
あまり意味にある話はしていなかったが、
少し自分の考え方が整理できる話はしていた。
なぜ、理系を選んだのか、なぜ、これから文系にすすむのか。
理系を選んだ理由は、文系を馬鹿にしていたから。
理系を勉強する人は、文系のこともわかる。しかし、文系を勉強する人は、理系を理解するのは、大変時間がかかる。私もずっと理系を勉強してきたので、理系の大変さが大変わかっていた。
自分が物理が得意だったので、物理工学を選んだわけである。物理学こそ、万物すべての原理で、何年たっても変わらないのだ。文系の主観的なものは、歴史でさえ、人によって、時間がたつにつれ、変わっていくものだ。
世界を推進させているのは、技術、科学革新であり、ばかばかしい評論家ではない。昼に夢を見ている文学者でもない。社会問題を解決しても、実際腹がいっぱいにならないし、使える生産資料にもならない。
科学を勉強することが、社会に役立ち一番いい方法というか、唯一の方法とみなしていた。
日本に来て以来、社会に入ってボランティアをし、ホームステイで日本の家庭生活を見、日本の社会の問題と国際関係、平和と貧困にも考えるようになったのだ。
日本で芸術家に会い、政治家に会い、フリーライターの人に会い、企業家の人に会い、校長先生に会い、社会各層にいる人々の働くブリを見てきた。さまざまなアルバイト、インターンを経験し、仕事現場の状況も見てきた。日本という国は、いろんなジレンマを抱えていながら、一人ひとりの中にある素晴らしい仕事に専念する精神と、見栄えを大事に視する風潮と重なり合い、民族のプライドということを実感していた。
| (自分が中国人で、中国のことをあまりにも国際の視点から見ることを重視していなかったことが、自分にとってショックだった。中国の人々は日本に負けない、伝統と文明をもち、勉強好きの民族なのだ。私は、日本で一人の中国人として、勉強し、仕事をし、将来自分の夢を実現し、その間にずっと日本人のように、自分の故郷の伝統の精神を、徹底できるようにしたい。自分はかつて、自分が中国人であることにプライドを持っていたことが少なかったことに恥ずかしく思う。) |
| 中国人として、中国の社会と日本の社会、中国の文化と日本の文化の違い、中国語でさえはっきりと理解し、自分の意見を持っていなかった。 |
| 自分のことを見つめて、分析したこともなくて、友達関係、家族関係が自分にとってどんな意味なのか、自分が社会にとってどんな意味を持っているか、自分がどんな人を目指しているかでさえ、しっかりと考えることもなかった。 |
日本で、社会学、文化学、心理学、経済学、経営学、教育、体育、音楽、デザインなどを勉強していた。学校の授業もあるし、独学で本を読んだのもあった。
私が社会の中で受け止めたいろいろなことを解釈していた社会科学であった。弁護士たちの弁論会の時の知識になり、世界情勢の講演会の内容を理解するきっかけとなり、社長さんの後輩に伝える言葉の深い意味を聞き知るための財産になったわけであった。
社会人になった先輩たちに逐一聞いていた。学校で勉強した知識がどの程度仕事に役立ったのかと。ほとんどの人から、10%以下の答えを受け取った。それでは、学校で勉強することがどれくらい覚えているのかと聞いたら、同じような答えだった。学校で勉強することのほとんどが将来忘れてしまうことが、確かなことだと思った。なら、学校にいる時間をもっと有意義に使って、覚えられる経験を積んだ方がいいではないかと思ったのだ。
Dreamgate、経産省、愛経協、ACCJ、JASSO、UNCRD、9条の会、連合愛知、そして文化交流に関する諸々のイベントに足を運び、自分にとって少しでもプラスになる経験を積んでいた。
学校では、もっとたくさんの友達ができるように努力していた。留学生会、留学生支援のサークルACE、中国人留学生学友会、日中友好協会の活動、日本語ボランティアにたくさん参加し、会った人と交流し、友達になり、そして、今は留学生支援のネットワークを立ち上げ、留学生全体の支援を図ろうとしている。
その中で、リーダーシップを発揮し、自分の経験を、社会価値に転換する仕組みを一生懸命考えていた。
しかし、私の知識、経験がまだまだ足りないことに気がついた。
どうしたらいいか。
社会に入ることを選んだわけであった。社会に入ったら、当然社会経験は急速に積むし、自分の会社の関連する業務も、何年後ベテランになるでしょう。
どんな会社に入ることを決めようとするときに迷った。どんな業界がいいでしょう。どんなスタイルの会社がいいでしょう。私が将来、社会貢献ができる社長になるために、社会の仕組みを「マトリックス」の中のレオと同じように知らなければいけない。そして、自分の信念、リーダーとしての人格が十分でなければいけない。
それを磨くことがどこでしょう。答えが分からずに、すべてを経験しようとした私が、もっと学校で勉強することを決めた。しかし、ずっと理系を勉強するのは、もう私にとって無理なことになってしまっていた。その数学の公式、物理学の公理、化学の方程式、生物学のあやふやな記述、昔の私にとって意味が大変変わって、社会の仕組みの理解の上に勉強しないと、私にとって意味が持たないただの文字列にしか見えなくなっていた。
私は博打がやらない。博打は絶望の人がかすかな希望に向かって心の叫びか、大金持ちの社会価値の無駄遣いかである。私は理性的な儲け方をしたい。世界のエリートの名簿をのぞいたら、一生科学者でいる人が少ない。私は、科学発見のことを、センスの磨きの努力に運がいることと見ている。私にとってばくちと同じだ。エリートを日本社会で見ると、まずはお医者さん(分野によって、開業かどうかによって)、そして企業家の優秀な人たちであった。地域でいえば、東京のような大都市が多くて、農村には少ない。私が尊敬している小舅に、「理系の人が細部を見つめすぎ」、「右脳の発達が進んでない」ことが示された。
確かに、私はずっと理系な考え方で、自分の将来の全体図(画家の輪郭図)を描くことがなかった。ぼやけた感じで行ってもいいと思っていたか、そもそもそのことを頭に置いていなかった。どんなルートで勉強するか、どんなルートで人格を磨くか、人生にどんな目標が実現させたいか、人生の頂点の模様は何だろうか。これらの問題は、ずっと答えていなかったのだ。
人間が完璧なことができない。いくつかの選択肢から、選んで、ひとつに専念してやらないと、必ず失敗する。私は、余地なく社会科学を勉強することを選んだ。決める時、エネルギーがたくさんいたが。
なぜかというと、私は貴族になりたいのだ、私はお母さんを貴族のお母さんにしたいのだ。お父さんに私の成功を見せて、心から笑ってほしいのだ。
私の心を和らげ、毎日を冒険にし、賢くて問題の解決に向かって頑張る妻と、2人か3人の子供がほしい。大きなモデンなおうちに住みたい。それも芸術にあふれて、新世代の貴族を象徴するようなものでなければならない。そのうちから、自然が見える。そのうちが、自然である。春はあったかい風、夏は青々とした芝生、秋に真っ青な空、冬に真白な雪に包まれ、私の霊感を激励し、私を安らがせる場所となる。朝早く起きて、新しい朝日と新しい人生の可能性に向かって、温かいコーヒーを飲み、ジョギングして、アシスタントの人に大事なニュースとスケジュールを読んでもらう。そして、お風呂に入り、仕事の準備をし、妻と子供に挨拶、愛していることを言い表す。そして大事な友達と仕事のパートナーと連絡し、考えていることと情報を交換する。そして仕事場に向かい、仕事に集中する。昼ごはんは会社で食べて、社員の働く気持ちを聞き、自ら解決を向かって進める。午後は、仕事を部下に知らせ、簡単な報告を聞く。そして仕事場から役所、宴会場、美術館、科学展覧会、映画の試写会などに見物、大物と会談。そしてボランティアの仕事をする。社会をもっと良くするには、どんな努力が必要かを考え、自ら実行する。夜ごはんは妻と子供を連れて、港で海を見ながら食べたり、劇かスポーツを見てすぐそとのレストランで食べたり、自宅で気持ちいい話をしながら妻の手料理を味わったり。その後水泳か、テニスか、トレニングをし、汗かいて、温泉に入って、気持ちよく寝る。
週末は私が隣人のうちに訪問したり、地域のリーダーとして勤めたり、自分ができることを尽くして、尊敬できる人になりたい。そして、お母さんとお父さんを連れて、世界遺産を見物し、たくさんの写真を見たり、古い写真を見て、なつかしき古い物語を語りなおす。また、子供連れて博物館に行ったり、国会に行ったり、飛行機組み立て場に行ったり、有名な作家のうち訪ねたりしたい。そして半日、夜まで妻とロマンチックな時間を過ごしたい。花、月光、クラッシック音楽、愛のキス、きれいな服を着て、愛を刻む場所を次々と増やしたい。
子供を最高の教育を受けさせたい。彼らに命と社会の大切さを知らせ、生きることに感謝することと、奉仕の精神、そして好奇心とロイヤルな心を持たせ、社会を経験させ、悪いことを彼ら自ら認識でき、すべてを責任を持って、楽しく過ごせることを目指す。
妻には、センスと私のビジョンの理解を求める。一緒に生活することは、一緒に戦う戦友と、一緒にゲームをするプレーヤと同じ。総指揮、監督などがいないので、お互いを理解し、お互いを適度に愛することが求められる。お互いに、生きる甲斐になるのが最高なものだ。
両親には、世界各国に旅行させたい、両親の実現できなかった夢を実現させたい。
最初から私は奉仕をする。より多くの人への奉仕するために、私は自分の知識を豊かにし、生活をよくし、自分の自己実現を高める。そして、社会に適したスタイルで社会貢献をすることを求める。今は会社を創立し、組織で社会貢献が一番効率が良くて、生産性がいいし、人々に受け入れられやすい。なので私はMBAを取ろうと思っていた。リーダーシップの発揮、自分に必要な素質、身に付くための練習、生産活動の意味、人間として働く意味、世界の構造、世界のエリートの所在、世界の人々の行動など。これらを勉強することに一番適した場は、MBAコースであった。周りのみんなが、私にアメリカのMBAコースをすすめてくれた。しかし、私は日本でそれを取りたい。私は日本という国に恋をしている。日本で私は人生の方向を決めた。それに、私は日本と中国の産業の未来のつながりを強く信じている。今は外交の面でいろいろ難しいことがあるが、私は努力して、日本と中国の間に、EUみたいな国の間の絆を作りたいのだ。日本と中国の何千年の友好国交の歴史があって、日本の一番古い歴史が中国の本から発見されたことまで、両国のつながりが深かったのだ。中国と日本は昔の時、EUよりも強いきずながあった。私は両国の人民、政治家がアメリカのような野望のある超大国とか、世界を分裂させたい左派、右派の望むがままに対立させられることを許せない。
その担い手になるのに、私は日本の社会を勉強しなければいけない。わずか4年の月日が、社会を理解することに物足りない。社会のエリートと知り合っていないし、日本で根をはっていない。こんなに僕を魅了する国は、まだまだ発現が待たせることが多くある。
「一回日本人になりきって」という小舅の助言だった。
日本では、中国と日本の社会、ビジネスモデルを詳しく知っている人材を緊急に求めている。そのニーズに答えようとして、私自身がその人材になる。もちろん、理系の背景は絶対無意味ではありません。産業を理解するのに、技術の発展を理解する必要はあるし、研究者の気持ちを理解する必要もある。そして、理系の勉強は私にいろいろな将来の社会に対する夢を与えてくれた。飛ぶ車とか、脳の中のパソコンとか、生物機械とか。これらも私の前進する動力になる。
理系が知っていてこそ、社会のニーズを知ろうとしていた。工学部生の使命は、科学を産業に運用する役割であり、私はその役割を果たし続けるでしょう。MBAを勉強するときに、東京を理解し、東京の友達を作り、自分をエリートたちの中に混じり、その中新たな自分が見つけることを願っている。
頂点に立つことがない人には、麓の景色を評価する資格がない。
これは私の言葉だ。
その頂点に立て、世界を見下ろし、そして世界の中の普通の一人として頑張って、みんなが幸せになるように努力したい。
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