死ぬって、何の意味をもつのか?
生きるって、何の意味を持っているのか?
そもそも生きるって、時間と言う贈り物が貰えただけ?
死ぬって、本人が分からないが、その贈り物が使えきっただけかもしれない。
最近、いろんなイベントを申し込んだが、いろんな申し込んだイベントに欠席した。
以前に無かった現象だ。
寝るのが遅かったのが原因か。反省しているよ。
今年の休学って言うのは、昔の僕にとっては考えられない話で、
休学するやつの印象が悪かったから、自分が彼らと同じになるのが怖い。
、でも、今年休学することになった、と言うか、した。
しょうがないと考えなきゃと自分に言い聞かせつつ、どこかで何かが欠けている気がする。
自分はもう若くない。
同級生にいつも「若いから、大丈夫!」と言われるが、僕はもう若くない。
「若い」と言うのは、何か基準を置かなきゃいけない単語だ。
僕は人生に社会貢献する成就を達成したい年齢はもう一刻一刻過ぎつつある状態になった。
人生の幸福を手にする年齢も、若さのありがたさを実感する年ごろにはなっていないが、若さを失いつつある。
だから、今は贅沢に貴重な時間を使っているが、その意味を考え直すべき。
何時になったらきちんとした大人に成りきられるのか?
一年って何が重要なのか?
人生に経験が重要だ。
経験のために人生の最初の何年間を生きてきた。
しかし、経験だけではなくて、楽しんでいるうちに経験が身についた。
その経験も、後の人生で使わなければ意味がないのだ。
(賢い人は、経験の結論の物事の間の共通性を見出せるから、若い頃に大きく成就できる)
人間は何をしても無駄にならない。
遊びは一見時間の無駄遣いと見えるが、本人の将来に影響を及ぼす。
信じていれば、世界が変わる。と信じたい。
だからその影響はきっといい影響だ。
自分を知って、うまく利用できればね。
もともと自分は将来のやることにすごく拘っている。
だから失敗するかもしれないと今思った。
だからこそ成功するかもしれないが、その成功って、ひとつの分野においてだけだ。
人生の全般に成功したいなら、失敗と思われることもうまく利用しこなす能力が必要だ。
そう、必要だ。
これは事故の「成果」ということ。
2008年5月29日木曜日
2008年5月28日水曜日
ダイアリーのサイカイ
時がイライラするほどどんどん過ぎてゆく。血のように流れ出てゆく…。
僕は何時か日記をつけていたな~~~
窓を開けた冷やかな夜は僕の乱れた心を濯いでくれる。
ありがたい。
今の僕は何ができるのか。何が重要か。何が生きていくのに……
。
。
。
空はきれいだ。
音楽もきれいだ。
学問もきれいだ。
けれど、誰のためにあるの?
誰のためにこんなに塵一つ見当たらないほど奇麗なの?
誰のために…
私はこの間に氷山のような重いな変化があった。
その大きさはよその人には分からない。
そうと言っても、自分でもそれが大きくて耐えられないとしかわからないのだ。
人間は弱いよね。
本当になんというか 繊細な硝子細工のように脆弱だね。
強く見えても実は信じられないところで耐えられないで折れる。
不思議なことに、何でも自分で変えられると信じていた自分が、そう言えなくなった。
その出来事さえ分からないから
そして慎重になった。
そして臆病になった。
そして信じられないほど弱虫になった。
なんで?なんで?
と問い詰められても分からない訳だ。
今でも信じられない。
誰か「交通事故に会った」を聞いたら、信じられないと同じようにね。
僕が交通事故に会うなんて、とんでもない!そんなあり得ない。
でも実際に起こった。
と世の中の皆が黙々と僕に告げるばかり。
「冗談じゃないぞ!」と喉がさけるほど大きな声で叫びたい。
泣きたい
なんで自分で初めて人生のかじを取ったと思った時に事故に会わなきゃいけないの?
なんで?
-------------------------------------
ママは僕が強いと信じていてくれた。
僕も信じてない時に
だから僕はママにたくさん語った。故郷のお袋よりも
僕は人間が複雑と考えたら、
ママは人間でも単純だと教えてくれた。
僕は元の自分に戻ったらいいなあと思ったら、
ママは今までの自分が本当にそんなに良いのかと聞いてくれた。
私はついていない。
ついていない割には、幸せだ。
本当は幸運じゃない?本当の本当は
でもそもそも運って、人間が解釈できない時の自己慰めじゃないか?
いろんな言葉、実際に意味がない。
奇跡とか。勇気とか。
でも最近、本当に良かったのかと疑問を持ち始めた。
本当に生きてよかったのか?
本当に死ななくてよかったのか?
普通考えるとそうだけど、死んで幸せってこともあるでしょ。
人間の思惑が怖いな~
何を考えているか分からないから。
--------------------------------
ashita mata continue...
僕は何時か日記をつけていたな~~~
窓を開けた冷やかな夜は僕の乱れた心を濯いでくれる。
ありがたい。
今の僕は何ができるのか。何が重要か。何が生きていくのに……
。
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。
空はきれいだ。
音楽もきれいだ。
学問もきれいだ。
けれど、誰のためにあるの?
誰のためにこんなに塵一つ見当たらないほど奇麗なの?
誰のために…
私はこの間に氷山のような重いな変化があった。
その大きさはよその人には分からない。
そうと言っても、自分でもそれが大きくて耐えられないとしかわからないのだ。
人間は弱いよね。
本当になんというか 繊細な硝子細工のように脆弱だね。
強く見えても実は信じられないところで耐えられないで折れる。
不思議なことに、何でも自分で変えられると信じていた自分が、そう言えなくなった。
その出来事さえ分からないから
そして慎重になった。
そして臆病になった。
そして信じられないほど弱虫になった。
なんで?なんで?
と問い詰められても分からない訳だ。
今でも信じられない。
誰か「交通事故に会った」を聞いたら、信じられないと同じようにね。
僕が交通事故に会うなんて、とんでもない!そんなあり得ない。
でも実際に起こった。
と世の中の皆が黙々と僕に告げるばかり。
「冗談じゃないぞ!」と喉がさけるほど大きな声で叫びたい。
泣きたい
なんで自分で初めて人生のかじを取ったと思った時に事故に会わなきゃいけないの?
なんで?
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ママは僕が強いと信じていてくれた。
僕も信じてない時に
だから僕はママにたくさん語った。故郷のお袋よりも
僕は人間が複雑と考えたら、
ママは人間でも単純だと教えてくれた。
僕は元の自分に戻ったらいいなあと思ったら、
ママは今までの自分が本当にそんなに良いのかと聞いてくれた。
私はついていない。
ついていない割には、幸せだ。
本当は幸運じゃない?本当の本当は
でもそもそも運って、人間が解釈できない時の自己慰めじゃないか?
いろんな言葉、実際に意味がない。
奇跡とか。勇気とか。
でも最近、本当に良かったのかと疑問を持ち始めた。
本当に生きてよかったのか?
本当に死ななくてよかったのか?
普通考えるとそうだけど、死んで幸せってこともあるでしょ。
人間の思惑が怖いな~
何を考えているか分からないから。
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ashita mata continue...
2008年5月10日土曜日
明日… 横浜
というのは、もう今日だよね(^-^;)。こんなに遅く寝てごめんね。ママ。
明日はママに会いに行く。
横浜パシフィクで。(ワクワク!)
当然かもしれないけど、ママは僕の心の中で、憧れになっていた。
どうやって自分もそのように、仕事に情熱(熱愛し)を持って、冴えていて、人に対して親切で…
そのようになることを願っています。
アンジェラ・アキの特集(中学生に会うNHKスペシャル)を見て、これは初めての彼女の顔の拝見であった。
声も顔もきれいし、性格まで分からないが、番組で見る限り、いやな感じがなかった、と思った。
なぜかその後ママが電話してきて、僕はママの声がアンジェラさんとすごく似ていると感じた。
後で考えたら、確かに似ているかもしれない。
ママは北国秋田出身で、とても美人で、頭もいいし。
最も重要なのは生き方にMy Wayがしっかり持っていて、とても幸せのこと。
もし僕はママのような嫁さんもらえたら、どれほど幸せか分からないわ。(^.-)
明日はママに会いに行く。
横浜パシフィクで。(ワクワク!)
当然かもしれないけど、ママは僕の心の中で、憧れになっていた。
どうやって自分もそのように、仕事に情熱(熱愛し)を持って、冴えていて、人に対して親切で…
そのようになることを願っています。
アンジェラ・アキの特集(中学生に会うNHKスペシャル)を見て、これは初めての彼女の顔の拝見であった。
声も顔もきれいし、性格まで分からないが、番組で見る限り、いやな感じがなかった、と思った。
なぜかその後ママが電話してきて、僕はママの声がアンジェラさんとすごく似ていると感じた。
後で考えたら、確かに似ているかもしれない。
ママは北国秋田出身で、とても美人で、頭もいいし。
最も重要なのは生き方にMy Wayがしっかり持っていて、とても幸せのこと。
もし僕はママのような嫁さんもらえたら、どれほど幸せか分からないわ。(^.-)
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