兪子豊
平成19年4月24日
名古屋大学
私たちのグループはグループ4の「人間の価値観とグローバル化」です。
有本真琴、小島孝太、須山哲、堀田奈津子、兪子豊の5人のメンバーです。
一日目の夜、グループ3の「コミュニケーションと人間の価値観」と合流して、「玄
派」と呼んで、人間の価値観が大切であると相手の「タカ派」と弁論する準備をしま
した。
二日目の夜、高橋漠さんがアドバイザーとして、私たちは「日本人の価値観と幸せ」
について徹夜討論をしました。
二日目の昼の弁論会で、私たちは、「持続可能は開発のために、先進国は消費を減ら
さなければいけない」弁論中の論点と概念が今一だったので、向こうの技術の論点に
勝ることができませんでしたが、論争中のわれわれは、攻撃のほうがとても積極的
で、相手の弱点を探し出したと思います。しかし、その弱点に対して、問い詰めるこ
ともできなかったし、最後に明確にすることに対してもかけている。これは、私たち
が相手の論点を十分に理解していないことであるかと考えています。私たち自分が守
る論点も、メンバーの全員が理解できたとは言えませんので、団結で相手との攻防を
対処することができませんでした。
三日目のグループ発表は、評価されなかったけれど、私たちは、グループ討論のとき
に、すごく盛り上がって、日本の歴史と、3代の日本人が同時にいる場を作って、そ
れぞれの意見を出し合って、すぐ見えるその段差と、時代の変化が私たちの心を震え
させました。こんな日本の時代の激変と、人の考え方の激変がもたらしたもの、私た
ちが推測したのは、社会の適性と個人の適性が合わないということでした。質問形式
で観客に考えてもらうことも少しチャレンジャー精神を踏まえて、やってみました。
私は場づくりの経験が欠けているので、うまくみんなの心をつかめなかった。それに
しても、みんなが積極的に考えていて、点数には入らないが、私たちは十分満足して
いました。
いくつかの私たちのグループの輝く点を分析したいと思います。
私たちが、チャレンジングセッションの準備の時に、グループ分けして、私たちの論
拠と、相手側の弱点&自分の弱点を探しました。グループ4は主に弱点を探す作業に参
加しました。
相手がどんな反撃をするのかを予想して、その防備の力をつけました。
次の日にやっぱり同じような質問が相手に出されて、準備として成功しました。
私たちが、グループ討論の時に、ホワイトボードを利用して、意見をまず、自由に出
し合って、発表のコアを決めようとしました。
漠先生のリソース・プレゼンテーションの中の「マイノリティー」について、考えま
した。少数民族か、先住民か、それとも社会の中の個人個人なのか。グローバル化に
よって、彼らの生活が変わります。いい方向に変わるだろうか、それとも、文化が消
える危機に陥ることになるのだろうか?
漠先生によって、グローバル化というのは、「移動」なんです。人、情報、金、も
の、ウイルス、価値観、それに宗教などいろいろなものが世界中飛びまわしていま
す。それに、スピードが近年とても速いのです。Borderlessということなのでしょう
ね。
次に多様性が、どこがいいなのかを考えました。ウイルスがアメリカ人によって、イ
ンディアに運ばれて、現地の人が病気で死んだ話も出てきましたし、防災するのに、
情報を有効に利用することができることも挙げられました。
ブータンのグローバル化による「不幸」となり、一方日本がグローバル化によって
「幸せ」になった。
一概に言えない「国際化」が国に何を持ってきましたでしょう?国のボーダレスが進
んでいるが、「国」があるのでやっぱりグローバル化はできないじゃないかという考
え方もありました。
それでは、日本が、グローバル化によって、本当に幸せになったのだろうか?
物質豊かな日本における、大勢の人が「疲れる、時間がなくなる」という。昔の人は
物質はそれほどないけど、幸せと考える人がたくさんいるのでは?やはり、「幸せ」
というのは「満足感」なんでしょう。
満足感が時間とともに、環境とともに変化するものです。自殺率上昇と欠如感などを
解決する糸口はどこにあるのでしょうか。宗教で認められたこと義務などを実行して
いる人たちがいます。彼らにとって、幸せとは何でしょうか?
日本では、信じられていて、決められた価値観がなさすぎるという指摘があります。
それに対して、海外にいる日本人がコミュニティを作って、文化を保存する努力をす
る人もいます。グローバル化の中で、柔軟性を持っている一方、コミュニティの中で
アイデンティティを保存することはできると思います。
ほかに、グローバル化による総合作用により、新しい価値観と価値が生まれるケース
が少なくありません。私たちはその「新世代」なのでしょうか。グローバル化の流れ
に流される文化なのかが考え直すべきことです。
日本の歴史を見て、いろいろわかってきます。日本は、急にすべての国民の価値観が
急に変わることが何度もありました。
国のために命を捨てて戦う戦争機械たちと、企業のために過労死まで働く企業戦士た
ち、バブル期にぜいたくな生活を送る金持と、今の若者の個人主義まで発展してきた
のです。
社会のニーズにこたえ続ける国民だとわたしは認識しています。
しかし、今に日本には何が必要でしょうか?物質豊かで、教育も困らなくて、国際地
位は欧米と並みする今日の日本には、国のためにすることは少なくなりました。
個人主義がいいと思う人がいます。自分の幸せのために働いて、自分の家庭を作っ
て、毎日楽しく過ごすことが、人生の意義だと思う人は少なくありません。
一方、集団主義が絶対だと考える人がいます。団体の中で、自分の意思決定をする必
要もなくて、楽ではないか;団体のために働くことが、自分にとって最高の喜びだ
と;そして、みんなが楽しいことは、ひとりが楽しいことよりずっといいことだと思
う人が日本では、個人主義の人よりもずっと多いではないでしょうか。
しかし私たちは、その中の矛盾点を見つけ出しました。
それは、両者が同時に満たす場合がありますが、両者が必ず、一致しないことが現代
の社会で起こっています。
たとえば、残業の時に、自分が残業したいではなくて、上司が帰らないので、自分も
変えられないと思っている人が多いです。こんな毎日が送っていくと、当然社会の制
度か、上司に不満を持つようになるのです。そうならなくても、ストレスがたまっ
て、うつ病になって、正常な生活が送られないようになります。
それで、個人個人の頭の中の「個人主義」と「団体主義」の定義によって、私たちの
議論を見る目もかなり変わります。(これをきちんと説明していなかったので、反省
しています)
社会の制限があって、私たちは好きなことができなくなるという社会問題に対して、
団体主義は、個人の選択を抑えてしまったことです。すなわち、私たちは個人の選択
ができなくなるということです。どれほど自分の思いをしても、結局団体の決定に従
わなければいけないので、無駄です。
この考え方の中で、個人主義は「勝手な行動をする」ことになりますが、集団主義は
「勝手な行動を最小限にする」ことになります。
見方を変えると、個人主義は「思うどおりに行動する自由」ことになりますが、集団
主義は「自由を制限する」ことになります。
社会の中では、この両者の共存は可能でしょうが、ひとりの個体の中の価値観は、両
者の共存があり得ないと考えました。特に特定な意思決定をするときに、自分がどん
な思いをするかが、矛盾していたら、不幸になることは間違いないです。
もう少し「個人主義」の立場から深く考えると、「団体主義」が、「自分での決定
権」を奪ったものになります。私たち討論の時に、みんながそれに賛成しました。す
なわち、今の情報があふれる社会で、若者にとって、「個人主義」というものが考え
方の中に、多少入っています。資本主義の「自己責任」に関しても、その考え方を受
け入れられなければ、現代のお金で運営している社会で生きていけないのです。
すなわち、自分で決定権を持とうとしている若者たちに、「団体の利益を最高に」
「団体のための自己犠牲」というのは、まだ近代社会の協和に謎恋が残っている人た
ちが謳えるだけで、若者を迷わせるだけではないでしょうか。
日本では、個体の中で、価値観を統一しなければいけないと思いました。
そもそもボーダレスの日本は、ずっとそのあやふやさを持って、人生の道の選択肢が
どんどん増える若者は遠く行けないではないかという意見もありました。
「持続可能な社会」には、環境、資源とエネルギーだけではなくて、私たちは、次世
代に一番いい思想を残さなければいけないのです。しかし、次世代が新しい思想を作
り続けています。もっと社会に適した思想かどうかはわかりませんが、一つ言えるの
は、グローバル化は、多様性を減らすこともありますが、もっと多い場合は、私たち
により多く選択肢をもたらしてきました。このチャンスを生かし、日本人特有の「柔
軟さ」も生かし、これからどんな「主義」でも、若者が幸せになる日が来ると考えて
います。
以上 第4グループ 「人間の価値観とグローバル化」のレポートです
過不足、及び間違いがあれば、ぜひ私たちにご批評ください!
大変お世話になりました、私が第4グループ 「人間の価値観とグローバル化」のメ
ンバー5人を代表して、UNCRDのスタッフと講師のタカさんと玄さんとアドバイザーの
4人とファシリテーターの4人とボランティアの皆さんに感謝を申し上げます。ありが
とうございました。
0 件のコメント:
コメントを投稿