病気が治り、何のためか鳥のような自由な気持ちに戻った。
学校に行くときに、歌を歌い、手足を空中で振り回した。
二日前の重い考え方があった自分が不思議。
世界の素晴らしさを感じるには、どうも健康な身が必要だね。
人間が神であり、化け物であり、獣でもある。
私たちは何のために生きているかによって変わっていく。
さんざんがんばってきても、認められないと、落ち込んだり、
少し努力しただけで、褒められ、自分のセンスに自慢したり。
最近気づいたのは、人間のばかばかしいところが多いことだ。
愛しているかどうかを探るとか、自分の好きなことが見つからないとか
なんて馬鹿な人たちだ!
それはただ、自信がないのではないでしょうか?
集中して仕事をして、認められるようになればいいじゃないか?
7つの習慣の中で、Covey教授がこう言いました。
「Love is a verb」=愛するは動詞だ。
感情があるかどうかを探すことよりは、愛することがご飯を食べる、学校に行くことと同じように、
自分がご飯を食べているか、食べていないか、学校に行っているか、行っていないかを迷うことがないだろうが、なぜ、愛することで迷うのだろう。
人生に関しても、同じだ。
何かをやる前に、いつも「適性」と称して、自分がやるかどうかを迷う。
そんなエネルギーがあれば、もう少し仕事をやって、しっかりと考えることで、周りの人に認めてくれれば、自然に自己エスティームが高くなり、自分からもその仕事を認めることになるだろう。
その時に「ここに適しているのだ!」と悟る人々が、なんだか悲しく思う。
そもそも、自分の努力で変えられるいわゆる「適性」に、人生が左右されるのが、ばかばかしい。
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