兪子豊
平成19年5月8日
私は中国の東北で生まれた。大学生になってから日本の名古屋に来た。
日本に来る前に、中国の学校教育及び家庭教育などから、私は日本についてきわめて
複雑な感情をもつようになった。日本の軍隊が私の故郷、瀋陽で事変を起こして、そ
こから中国の侵略戦争を発動した。毎年の9月18日の夜に、警笛が夜空に響いた。歴
史の教科書、戦争の映画、日本の軍国主義、中国同胞の虐殺、経済が世界の頂点に立
つ今の日本でも、靖国を参拝し続けている。その一方、軍人の日本人が上司にびんた
を張られても、掌の下に火をつけられても、じっとしていた姿が見られた。お父さん
によると、それは「武士道」精神、日本人は優秀な民族だ、忍ぶことで、礼儀と尊厳
を表している。お父さんはビジネスマンで、たくさんの日本の素晴らしいビジネスマ
ンが書いた本を読んできて、感銘を受けた。日本に留学しに行くなら、日本人の考え
方、日本人の身だしなみを勉強してこい、と強く申してくれた。
学校に入って、流行っているのは、日本の漫画、アニメ、ゲーム機、ゲームソフト。
そしてファッション、それから日本のドラマも入ってきた。「日本テレビドラマ黄金
の十年」云々。我々が使っている古いカラーテレビをはじめ、ラジカセ、ウォークマ
ン、フィルム、CD、デジカメ、ステレオ、化粧品、ヘッドホンまで日本のメーカだっ
た。日本の決起を不思議に思いながら、日本人民への感心や憧れが幼い心の中に満ち
ていた。
日本のアニメの主題歌が歌えることを自慢するように、一生懸命その歌の音を真似し
て、数えきれないほど何回もテープの後に復唱していた。しかしそれは逆に小学校の
友達に、「あいつが日本人だ、じゃなきゃなぜ日本語の歌が歌えんだ、悪い奴だ、売
国奴!」とか言われた。「そんな馬鹿な」と思って、一生懸命争ったが、どうにもな
らなかった。
国民感情が政治に利用されることは本当に悲しいことだった。
そして、日本人が中国で女郎買いしていたとか、日本で中国人の留学生がいじめられ
たなどの情報が何年おきに耳に入る。そして「抵制日貨」などのスローガンも耳に
入っていた。私はその環境で育っていたが、日本への抵抗感がそれほどなかった。普
通にスローガンを聞きながらも、そのまま漫画を読んだり、ゲームをしたりしてい
た。
しかし、本当に自分が留学して、海を渡って日本に来る時に、日本人がどんな人か真
面目に心配していました。真面目で、礼儀にこだわる日本人たちは、本当に中国人に
限っていじめたりするのでしょうか?
とうとう日本に来た時、日本の車の量、部屋と道の狭いスペース、店舗と町のきれい
さ、日本人の親切さなどに衝撃を受け続けていた。
若いから、事実を受け止めることも早かった。物価なども確かに中国よりはるかに高
いけれども、中国の物価にまだなじみのない青年の私にとって、日本円に換算して計
算したほうがわかりやすかった。
日本に来る前にあえて考えもしなかったのは、日本人が「日本がもうだめだ、中国に
追い越されてしまう」、「日本の若者はもうだめだ」、「日本が戦争に負けたか
ら・・・」、「日本は島国だから・・・」をいつも口にする。
そして、チームワークが素晴らしい一方、生活が楽しそう、遊んで楽しそうに見える
人が何か月探しても、どうも見つからなかった。
日本人は感情を隠すことが上手だと聞いたが、なんかこの社会がネガティブは雰囲気
が漂っている気がしてきた。
こんなに世界多数の国の人々にあこがれている日本というのは、技術が進歩している
一方、「日本人には発想力がない」などの不満が多い、「戦後の教育でわれわれが悪
いと思わせることがあった」とコーントロールされたと訴える、「我々は昔国のため
に頑張ってきたのに、今の若者は…」と他人事をいう、「北朝鮮が戦ってくる…」と
怖がる政治家、「ストレスがたまる」と不幸な顔をしている人々…。
この国どうなっているのだ?素晴らしいものをなぜなくそうとしているのでしょう
か?日本は精神で築かれている国だ。中国なんてその精神がないから、いろんな意味
で愛国教育を行われてきた。日本は昔から自然を愛する、待つ、耐える、感じる、空
気を読む、桜が散る時を歌う、人が死ぬ際を唱える。建前を愛して、迷惑をかけない
で、気で生きる、魂で生きる、男で生きる。そんな素晴らしいことが、今にイライラ
している人々の前に飛び散りそうになっている。
日中国交の歴史を見れば、1972年田中首相訪中からではなくて、その約2000年前の紀
元1世紀の弥生時代からなのであった。もちろん、領土などにまつわる紛争が何回も
あったが、文化の交流、貿易の展開、民間の友好が途切れることがなかった。中国人
にとって日本が親しいのは、漢字だけではなくて、根底にある文化が同質であるから
だ。古墳文化のとき日本に伝来した漢字、飛鳥、白鳳時代に渡来した仏教、建築技術
者、仏典、制度、文学、律令、文物、芸術、思想、詩など、平安後期から貨幣、金融
システム、絹織物、陶磁器などの輸入が盛んでいた。日本が世界に誇る芸術の諸々が
中国でも同根のものがある。陶芸、折り紙、茶道、拳法、座禅、書道などが挙げられ
る。
近代になっても、ひどい戦争があったにも関わらず、両国の人民の友好の歩み寄りが
とどまらなかった。温家宝総理4月の訪日「日中共同プレス」を発表、中国への短期
旅行がビザなしでも行けるようになった今年、国交正常化35周年の節にもあって、こ
れからの日中友好が一層深まりそうに感じている。
私は日本が好きだ。「中国が嫌い!」という日本人を除いて、日本のすべてが私に
とって、親のように、兄弟のように、子供のように感じられる。名古屋は私の第二の
故郷だ。ここから私は成人し、ここから私は社会に入り、ここから失敗し、ここから
立ち直る。この少ない3年間桜咲く、紅葉散りを経て、借りた恩がもう一生かけても
返しきれない。
このちっぽけな私を日本人の友達、長上が見守ってくれて、成長をともに喜んでくれ
て、失敗を慰めてくれた。彼らなしで私はここまで歩めなかったと思う。平和の大使
になって、日本と中国この二つ兄弟みたいな国を千代の友好を保てるように努力して
いきたい。
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