早いといえば、あっという間だね。
このブログを直接会社の人に見せてもいいかな〜と思ってるところだ。でも、正式でないし、どうなんだろうね。悪口を行っちゃいかんし(^_^!)
まあ言ってみて、だめだったら作り直すことにしよー。
ーーーーーーーーー
昨日、参加した活動のまとめをしたら、それ以前、全然整理しなかったことをちょっと後悔していた。そんなにあるのに、全部思い出せないから、ずいぶん減るのね。そんな積極的なおれが、2006年に集中していると勘違えされかねないじゃん〜なんてね。
ーーーーーーーーー
人間って、怠け者だろうか、鞭かけずに進んでくれないものなのか?
どんな人を尊敬すべき、どんな人を敬遠すべきであろうか?
意識ってやつが、巧みなものなんだね。
現代社会への妥協は悪い意味でとらわれているが、違う視点で、時代にふさわしい人間が生まれるので、ダヴィンチの進化論によって、時代に適したものが生き残るわけで、逆に、妥協ってことは、進化と同然することになる。 本心と動物性の本性と争うことが、ほめられるけども、それを受け入れ、生かすことで、もっとすばらしい人生が生まれるじゃないか。
価値観が違う人々は、グローバリゼーションで、強制的にくっつけられて、コミュニケーションをとらなければいけない現状になった。見苦しいことも、見慣れなければいけないこともしばしば存在する。
お互い尊重、平等、自由って言うのはまた共存のために作られた現代社会の新しい価値観なのである。
必ずしも自分が正しくないことを常に認めなければいけないことになった。
もう一つ考えたのは、人間は機械(パソコンなど)より、発展しているのは、過ちを許すことだ。ある心理学の研究で、現実の映像と似ているけど、中に、ロジックで説明できないところが何カ所もあるが、だいたいの人はそれを見落としている。逆の観点からみれば、たとえば人の顔をみて、あっ、それはだれだれだ!と言うんじゃない?そしたら、その人の上方を変え、服装を変え、化粧も変えるなら、なにが起こるのだろう?実験でみれば、ほとんどの人が、多くの人の中から、その人を見つかることができるのだ。
結論を言えば、矛盾点を見落として、大局を発見することが人間の学習のし方である。
機械がこうなったら、エラーが出てきて、仕事にならないでしょう。
日本人はそう言う点で優れている。
本音と建前の区別があっても、ちゃんと生きていける。
社会がそんなに厳しくても、自分の中で、温かい巣をつくられる。
ヨーロッパなどはおそらく、社会を変えよう!法律を変えよう!と叫んでいるかも知れないよね〜(:P)
0 件のコメント:
コメントを投稿