2007年2月13日火曜日

3日目の感想

長時間パソコンを使って、目がすごくいたい。
それに寝不足と少々の二日酔いがあって、つらくて、つらくて〜

インターンをやって、仕事になにが重要かがわかる。
まず、体調の保持が重要だ。
体がつらいとき、なにをやっても、元気が出ない。一緒にやる人も楽しくない。それどころか、ささいなことで怒りやすくなる。人間関係の妨げになる。自分で仕事をするときも、進度に間に合わないことが出かねない。上司にしかられるし、友達に慰められても、失敗者の気持ちになりがちで、友達との関係がギクシャクにならなくても、失敗者の気持ちが続ければ、いつか仕事をやめせざるを得ないときが来る。生活中のほかのこともうまく行かないだろう。

次に、同僚との交流が重要でしょう。
お昼に書いた文章は、今反省したら、私のせいではないかと思う。
私は勝田さんになにも話していなかったし、教えてくれたときも、うんうん、はいはいといってるだけだった。日本語の水準がわからないのは、当たり前のようなことだ。
そして、パソコンにいろいろなトラブルがあったため、勝田さん自身の仕事の進展に悪影響を及ぼした。
私の敵対的な考え方から、悪い態度をとったのかもしれません、(出していないと思うけどね)
これは、人間関係がうまく行かないかもしれないとき、積極的に有効的な態度を自身から示さなければいけないことだ。
今日の終わりのごろ、勝田さんと話して、なかなかいい人だとわかった。仕事と勉強の話をして、一日のストレスの解消に役立ったと思う。
一方、職場に一人の女性がいたのだ。
午前中休憩をしたとき、いろいろ話かけてきて、私に興味を持って人がいるって気持ちいいことだね。(正面の自己が拡張する)
仕事は終わったときに、更衣室の外であって、黒笹駅まで歩いていくことを教えたら、車で送ると言ってくれた。仕事上だけではない助け合い、職場の友情をつくるための有力な手段だ。

第三に、挑戦のある仕事をするのが大事である。
なぜかというと、つまらない仕事をしても、同じ時間を費やしている。大変じゃない?と考える人が多いかもしれないが、つまらない仕事をするときに実は、つまらなくて辛抱しているので、もっと大変のはずである。昇進に不利だし、刺激がないので、頭がだんだん鈍くなる。と言うのは、刺激のある仕事が来るときに、手に終えない状態になりかねないなのである。
それに、積極的な性格の養成には不利である。積極的に人生のすべての挑戦に向けあうことは、人生の極意である。怠けてくると、もともとある可能性がなくなったり、失敗を防ぐことでも、油断と横着で大事なものをなくしたりしたら、大変さの「総額」は急劇的に上昇し、積極的な人生を選ばないと馬鹿だね。

最後に、仕事はなにか?と聞きたい。
仕事をするには、意識が大事である。
生きていく手段か、社会をよりよく理解したいのか、自己実現なのか、社会をよりよくさせたいのか。
なんであれ、仕事をするのに通じて、精神的に安定な状態に保持
し、自分が社会に認められることになる。
片方、仕事を通して、人を認識するのは社会の常識である。
昔は身分性で、なにをやるのであれ、武士や貴族は尊敬されて、日本の場合は、商人は最初見下されたの一つは、農民出身のためである。
現代社会は身分世襲などの制度が排除されて、人を判断するひもがなくなった。そして、経済の発展、成長によって、作業が分化されて、職業が一層多くなった。その中、金持ちと社会貢献度の高い食後うが生まれて、彼らは新時代の貴族と称してもおかしくないでしょう。
仕事をどう選ぶか、多くの志望者の中から選ばれるために、青春期にどんな教育を受けなければいけないのか、どんなルートで出世可能なのか。考えることがいっぱいある。
そのうえ考えると、選んだ職業をみてその人の子供時代(家境)と意識が少しわかる。しれに、同じ職業をする人は、同じような習慣をみについていることは考えられるでしょう。学生とか、教師とか、兵士とか、技術者とか…聞けばだいたい、その人の思考の傾向がわかる。
なので、やっている仕事のいい面(技術者なら思考の厳密さと発想、経営者ならリスクをとる勇気と決断力など)を吸収し、悪い面(技術者は自分の専門しかみなくて、「おたく」のような人になる傾向がある、経営者は自己中心で、ほかの人の意見を行かない傾向がある)を避けることが可能なので、仕事にとらわれないで、一生懸命選んだ仕事を生かすことが大事だ。

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あるとき、友達がつまらないと思ったりする。
ドラマの中の愛情にあこがれて、毎日「その人が格好いい!」「あ〜会うと恥ずかしい〜」とか言う人はいる。
同時に何人かの女性と付き合い、家賃を払わずに同じ部屋にすんで、お金を借りて返済しなくて、その女性のお金を使ったらやはりふって、ほかの女性のところに行った人もいる。
その女性がまた彼氏をつくって、復讐みたいなことをする。
学校に何年間もほとんど来なくて、留学してきたのに、卒業できる年限までビザがとられるかどうかがわからない人もいる。
将来がどうなるかを聞いたら、「考えたことがない、どうなってもいい」と答える人もいる。
ある人は、ゲームとかで、必ずスゴイことを認めなければいけない、そうじゃないと怒って、対決が要請される。
ある人は、好きじゃないけど、さみしいから彼女と付き合っている。
ある人は大学院試験が後2カ月しかないのに、復習がまだ始まっていない。
ある人は、必ず大学院に進学すると思っているのに、大学院の出願締め切り後に気がついた。
ある人は、女性の注意を引くために、カラオケで同じ歌を歌いたい人にほかのことをさせて、歌が来るときに自分だけで歌えるようにする。
ある人は、スーパーで万引きして、つかまえられたら警備員を殴る。
ある人は学校をやめたくて、将来日本に残るために彼女と結婚するしかない。その人の両親は相手のことがわかっているかどうかも未知数である。

毛沢東さんが信じていた「人は変わるものだ」は真実だとしても、これはつまらない。若いのでしょうがないことか?
宮崎はやおの作品の中の生き生きとした少年たち、あるいは青年たちは果たしていないのか?

本の中に、こう書いてある。
あなたが目標に向かうことに反する作用をする友達と分かれよう。

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実際するのは難しいのだ。
なにをいっても何年間も一緒に勉強してきて、遊んできた友達なんだから。心をいやしてくれたみんなだから。
私も同じようなことをしたことがあって、自責でいられない。(今でも)

実はだれとでも(悪い自分とでも)そんなに親しいわけではなかった。ある距離をおいて、一緒に遊んでいたのだ。親友をつくりたいけど、自分も若いから、悪い方向につれていかれるとお怖いので、その親しさを遠慮していた。

一人で悩むのがつらい。

すばらしい人と出会えたらいいな〜
そして彼女にも〜。(^^)

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