2007年2月8日木曜日

インターンの感想 部長と課長

一日目はこれで終わった。

須賀薫部長とあいさつしたら、インターンの感想を聞きたいから、毎日書いた方がいいよと*。
ん〜感想といわれたらね〜、今考えたのは、つかれた。
からだがつかれていた。

一日中立っていた。
今日は工機課なので、機械と付き合っていた。
機械は好きだよ。クリエーティブなんだから。
しかし、ずっと学校で坐っていて、最近定期試験のせいで、全然運動していない。一日立って、すごくつらい。(眠たいこともあってね)

つかれると、なにも考えたくないというけど、今日の体験がよっぽどすばらしかったので、ついに考えてしまう。
おれは自分で起業したいわけだから、会社の中の役割分担なり、人間関係なり、企業からみるいい人材の定義と、従業員からみる働きやすい企業の定義など、いろいろ頭の中で化学反応を起こし、電気ショックを受けた感じだった。

1.須賀部長はとてもいい部長だと感じた。
会社は大きくなると、組織化されて、部長のような身分の高い人は、なんだか厳しい人じゃなきゃいけないという印象だった。須賀部長は頭がきれるわりに、やさしい。
なぜいいかというと、私が理解している「人を管理する」というのは、人から理解されなきゃ、成り立たないものである。そして、部下の使命と任務を明確にしないといけない。
私が会社に入るときに、まず私の自己紹介から始まった。よりよく、製造部の仲間たちに知ってもらって、仕事と勉強がしやすくなる。そして仕事の流れとシンテック流の安全確保、驚いたのは、説明のとき使われるビデオ。アニメーションだけそ、とてもリアルで、スムーズだった。こんな機械系の会社で、情報処理もこんなにうまいなんて、考えもしなかった。説明がわかりやすかった。
私がインターンに参加した目的の一つは、会社のあり方を学ぶことであった。話の中、商品の納期、品質、原価;生産の安全、効率;工程の設計から、検査までの流れ;生産活動を積極させるための、創意工夫、QCサークル、改善活動、委員会活動などで、仕事(生産活動)をより安全、効率的に行うための手段として勉強できた。
ヒューマンエラーは、不注意、横着、錯誤を含む。この言葉で、私の心が震えた。人間は過ちを犯す。どうみるか、どう対処するかは大事だ。私も時間を無駄にした末に、夜は罪悪感を感じて、また遅く寝たりして、朝はおきられないので、よ〜く考えたら、時間の節約ではなくて、時間の浪費になっていた。こんな横着、不注意などは我々は人間である限り、やってしまうのは避けられないでしょう。しかし、ビジネスの世界で、信用を保持するのは大事で、100%の品質の信頼と100%の協力関係を長い間築かないといけない。こうした中で、どうやってヒューマンエラーを減らし、最終に0%か許される範囲にするのかが課題となる。
従業員からみて、ヒューマンエラーは怖いものである。上司にしかられるし、下手すれば首されて、生活の保証がなくなる。しょうがないことだと思って、軽く対処する人も少なくないでしょう。彼らは、仕事の進行度と会社の名誉に悪影響をもたらし、ほかの人に多大な迷惑をかけることになるでしょう。
アップクラスの人からみれば、全然違う視点になる。それは、責任をとる積極的なとり方である。ヒューマンエラーがあっても、その人の価値と会社のための努力を否定することができない。防止策を考える企画力と実行力、エラーがあっても仕事を進行させる臨機応変の知恵と心構え、人間関係をうまくさせるリーダーシップと人間性。これら一つ欠かせばならない。
私は「エラー」を受け入れることに下手だった。自分のエラーを許せなくて、ほかの人の無知、下手、横着も許すことができなかった。そして心がつかれて、なにもかもうまく行かないわなにはまって、自責の深淵に落ちた。
ロボットでない我々にできることは、人間性に反することは経っして許さないこと(殺人、強姦など道徳に反するものなど)と、必ず信じていることを守ること(平和、積極性、社会のハーモニーの可能性)と、責任を持って自分の過ちを解決する(自分への理解と自負心)ことしかないと思う。
なにもうまく行くことはまず考えない方がいいという教えであろう。

2.吉本課長の技
なにが人間としてすばらしいというと、道具を使え、動物にない知恵を生かして、人々の生活をよくすることだ。
工機課はまさにその例証である。

工業文明で築かれた20世紀は鉄筋コンクリート、車、飛行機、宇宙船、数えきれない機械の運転で築かれてきた。その中心にある鉄は今日拝見させていただいた加工技術によってほぼすべて分野の工業を支えていた。

成型した鉄切ってを形にしたり、穴あけたり、表面をピカピカにしたりすることが機械の製造の多様化によって、シンテックホズミですべてが可能であった。
人間の知恵に万歳!企業間の競争の将来も、技術の進歩の争いであろう。

それだけではなく、吉本課長がいろいろな技を見せてくださいました。
「技能伝承」が2006年の一つのキーワードになっていた。段階世代の退職を迎える多くの企業が、技能が失われることを怖がっている。熟練工の技というのは、なんでそうなに重要なのか?
まず、今日みてきたのは、経験である。
なにがいけないのか、どんな程度の傷が許されるのか、みればわかる。こんな人がいなければ、不良品がたくさん出るか、納期に間に合わない効率の悪い作業ばかりするか、のどっちかになるでしょう。課長は機械の手ごたえから、仕上げドリルが鉄のくずを出してないと判断され、さっそく同じ半径の鉄棒を入れて、やはり通りにくい。不良であることがわかった。そして、その経験を生かし、どの穴がどんなところで使うのかがよく知っている課長は、この程度の不良は許されると判断。新米だったら、不良であるかどうかもわからないでしょう。もし言われたらあせて手間をかけて使える部品を無駄にすることになるでしょう。
次に、ミスしたときは、なにが悪いのかを見極める能力。
吉本課長はドリルが予想より大きい穴をあけたとき、すぐに機械が悪いとかではなくてドリルが悪いだと判断されて、さらにドリルがゆがんでいるなどじゃなくて、中心がずれたと判断を下され、すぐにドリルの修正に務めていた。修正したドリルでつくった穴の仕上げ(あら引きのあと、穴の内弊をきれいにする作業)は今度きれいにできた。
そして、達成したい目的によって作る手段と手順を柔軟に帰られる能力。課長が最初に私に作業をやってもらうときに、何のためにこう言うことをするかをきちんと説明してくださいました。毎回部品を挟んで、また取り除く作業をする手間を省くために、小さい部品に切る前に、穴あけと表面の整理(?)をやってしまう。機械ができない府品の回転しながらの穴あけなどは手作業でやるとか。

やっぱり課長と一般社員の違いも大きいだね。

人生の生きがいというには、なんでしょう?
深い意味を知ることにあると思う。
説明してしまうと、人を愛することはできるが、そこの深い意味をしたなければ、意味がないと思う。愛したことがない人には、わかりにくいのは、愛する気持ちがもたらす幸せ、人生観と世界観の変化、青空、鳥声の感動。仕事の深い意味がわからないと、仕事の楽しさ、プライド、そこから生じる人生の展開がわからないでしょう。学生が勉強の深い意味がわからないと、試験を通過しても、いつまでも受け身で、ストレスがたまったり、成績に悩んで、学校に行くこともいやになるでしょう。
我々は思考のできる動物である。思考から我々の生活がこんなに豊かになっていた。物質の貧乏から誘発できた精神の貧乏は無視してはならない。精神の好尚の人こそ、次世代に生き残られる、勝ち組になるのではないでしょうか?

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