2007年1月12日金曜日

私たちが所有するもの

私たちが所有しているものは何だろう?この月日を経過して、私たちが何を得たでしょう。

『アサーとチビ人』という映画を見て、Autherはチビ王国に行って、英雄として呼ばれ、美しい皇女の恋を得た。そして現実世界で、お爺さんの土地を守り、財宝を見つけ、家族が幸せに暮らせるようにしていた。

一つの言葉は、月日が経つにつれ、違う意味がついてくる。愛ということはそうなんだけど、栄光、思念、強気、信念などの概念が知らずうちに入れ替えられている。
私はこの年齢になると、いろいろ考えるようになり、たぶん一番多く入れ替えられる時期だろうと思う。親切にされたら、世界が美しく見えて、凶暴にされたら、世界の明日が見えなくなったり、自信をなくしたりする。

何を得た。何を無くした。これは確かに答えにくい質問だ。
頭がいい子と呼ばれたことがある。調子に乗って、難しい問題を解いたり、前もって授業の内容を予習して、授業のときに答えたりすることがあった。その時は何も考えなかったが、それは今に私の財産となった。

けれど妙に叱られることにテンションが高い。
何に対しても叱られる限り、心の中に強くいやな気持ちが生じて、長い間くよくよする。今もそうだ。子供のごろ、叱られることが多すぎて、人を喜ばせる技を知らずうちに身についたのかな?それで、みんながわがを好まなければいけない、という潜意識があったからか?

教えられたことが多かったな~
同級生と先生を尊敬しろとか、無駄遣いをしちゃだめだとか、知らない人を信じたらだまされるとか。みんな社会の中で生きていくための正しい知識だと思うが、子供に選ぶ権利がなかったので、教えられたことにしたがって成長していくしかなかった。

そのほか、真似をしたことも少なくないね。
強気で起業をしたい私は、お父さんの真似だろう。
予定通りに進めなかったらすぐ自責することはお母さんから来ているでしょう。

物語を読んで、その中の少年と同じように世界を冒険したい衝動が沸く、いたずらをする、新発見にわくわくする。
同じように幻想することが多かった、将来に対する憧れがいつまでも私の心を掴んで、離れたことがない。

現実に生きろと先生から教えられた。「競争はいいことだ、競争は我々を良い方向に送る。」競争の激しい環境で、私も競争していた。負けたほうだけど。現実を認め、私は最強の人ではないのだ、と。「あなたにはできないことがあるのよ」と。くじけた気分をはじめて味わった。それは強かった。

人生は一度きりだ、頑張ろう。とお父さんが言う。
自分を苦しんではだめだよ。とお母さんが言う。

遊んでばかりの私は無言になった。
何も口に出すことができなくなった。
自分の無力に脱力していた。

自信のある私を返せ!
私の眠った目を覚ませ!
叫んでいる昔の私の声が小さかった。

好まれないと、落込むことは、やっぱり私は子供ですね。
人生は段々覚えていくことさ。子供はいつか大人になれるものだ。

何回くじけても、倒れない。
失敗から必ず何かが得られる。
考えすぎってことはない。
失敗と成功はやる前に決まっている。
私の信条だ。

おととい榎元さんと話したときも言ったけど、人間って、必ず何かを信じなきゃ生きていけないのだ。
信じたら本当になるが、信じなかったらうそであることが多いから。
人を信じることも同じだね。人を信じたら、その人もあなたを信じてくれる場合が多いのだ。
この世界を信じて、理解して行こう。

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