2007年1月7日日曜日

犠牲:心構え


UNCRD(国際連合地域開発センター)のスタディキャンプに参加したくて、申し込みの論文に心を尽くしているところだ。


その論文は「私が考える持続可能な開発」と命題されている。
国が「可持続発展」と叫んでばかりに、私は今まで、こういう題目について考えたことがなかった。
しかし、次世代の運命を担う私たちは、こういうことを考えなければならなかった。
今日起きて、学校へ向かう途中で、文章の中に何を書いたらいいかを考えた。
私はずっと前から、「いい人になろう」と決心した。
それにもかかわらず、いろいろ本心にそむくことをしてきました。
私の心がちゃんと構えているでしょうか、と自問した。
『バンビ』(Bambi)-(Disney)の中、バンビのお父さんがバンビに言ったことをはっきり覚えている。
「Being a prince means to sacrifice」-王子でいることは犠牲することだ。
自分をみんなのために犠牲することが崇高であることが分かっている。しかし、実際に私がやっていることはみんなのためになっていないことがほとんどである。
学生ができることが限られている、というかもしれない。
私はそう思わない。私ならできる。
≪金持ちお父さん、貧乏おとうさん≫が教えてくれたのはそういうことだ。
貧乏おとうさんのような考え方で、失敗しても大丈夫のような安全を手元に置くことが、いつまでも成功しないわけである。
失敗を恐れていることは、リスクをとらない態度である。
リスクをとらなければ、一生大きな成功をなり遂げることがないだろう。
『マトリックス』を見た。
「選択」が私たち人生のすべてであることを宣伝してきた。
そうかもしれない。
しかし、知らない選択を選ぶことができないのです。
私たちが、マトリックスにより、コントロールされているかもしれません。
もちろん、本当の意味の「マトリックス」ではなくて、政治と思想の縛りなのである。
Neoが人類のために選択した「正しい」ことで、自分の一生を放棄した。
私はそれこそ正しいことであると考える。
私たちは精神の崇高を除いて、動物と何が違うのでしょう?
やっとわかりました。
「ビジネスがやる前に成功していた。」ことを私は信じている。
これと同じように、私たちは前もって選択していたことは
私たちの人生を成功もさせ、失敗もさせることだ。
私はもちろん、成功することを選択する。
すなわち、私は自分の犠牲を選びました。

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