孤独
2007年1月7日(日)
昨日、「Ghost~」(捉鬼敢死隊)を見た。
教授が大学に解雇されるきっかけに独立起業し、お金と社会の地位を手に入れて、さらに人類社会を救った。
私は考えたが、企業がいろいろなことに直面することになる。自分の中の自己否定、社会から認められない、なんともいえない孤独感。
小舅に言われた。
一番頂上に立つ人々が一番孤独な人々である、と。
私は迷った。これでいいのか?我々は何を追及しようとしているのか?
「AI」を見て、その中にこういうことがあった。
機械の子供が感情を持つようになり、どうしてもお母さんの愛情がほしがる。童話を信じ込み、それにしたがって沈んだ都市マンハッタンの彼の生まれたところ、AIの研究所に戻った。
その下の深い寒い海のそこに遊園地が沈んでいる。ピノソウ(匹?曹)の魔女さんがいた。彼は人類が存在しないころまでずっと光のない深い海のそこで、魔女が彼を本当の男の子に変え、愛される幸せな男の子になれることを願っていた。
私はそんな欲求は果たしてあるのでしょうか?
人間って言うのは、理性と感性の両方に支配される動物だ。
人間は自分を誇りに思うこそ生きていけるわけで、自分を否定すると、絶滅するのが必然といっても過言ではない。
『キューティ・ブロンド』の中にも、激情があってこそ、法律が成り立つという話が最後に出てきた。(理解が正しくないかもしれないが、大体この意味)
『マトリックス』の中も、世界が全部理性で支配しようとすると、絶対うまくいかない、という考え方が明らかである。
私も愛されたい。
愛されている(恵まれた)男の子だといわれたことがある。それはどれほど幸せであるか、言われたことがない人が理解できないと思う。
私は社会の認めがほしい。
先生から、よくできましたね、といわれたい。
友達から、あなたはすごいね、といわれたい。
自分が一人で「やった!」と言い聞かせても、祝っても、なんだか物足りない。いいや、実に物足りない。
そうすると、また起業のことを考えて、怖くなる。
何人かの仲間が一緒に頑張って、一緒に起業するなら一番理想だと思う。苦しさも経験し、幸せも経験し、仲のいい友達が一緒に頑張る場面がいつも懐かしい。中学校の分流テストの準備期間のことを思い出す。みんなが「敵」の立場だが、その一生懸命さ、思い出すと心が温かくなる。
私はやはりまだ子供だね。
心の中に怖い物が詰まってある。心を開かないままみんなと接していた。
人から否定されたときに強い反発を感じる。
実は、他人を信じることも、他人を変えることができる。それに、他人に信頼されるために、他人を信頼することが必要条件である。
また、否定されることは、人に信頼され愛されるチャンスである。しかられたとき、自分がその人の注意を引くことに成功している。精一杯努力して、その人の印象を変えることができると、一生の友達か、人生の転機の貴人か、人生の旅をすばらしくする伴侶かに出会うかもしれませんよ。
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